青瓦台の建築構造からみる権力の集中と民衆との断絶(SBSスペシャル内容)

青瓦台(チョンワデ)の建築構造のせいで、権力が集中し、また民衆との断絶が生じているという話をSBSスペシャルで取り扱っていました。秘密のベールに包まれていた青瓦台の内部構造がチェスンシルとの一連の事件が発端となり明らかになってきました。また、建築構造的にチェスンシルや朴前大統領に直接連絡が取れる秘書官に権力が集まらざるを得なかったということも納得できる内容でした。





朴槿恵前大統領自身も人を近くに置くことを嫌う人間でしたが、青瓦台の構造を見てみると人が近寄れない構造であることがよくわかります。番組では、アメリカの大統領府ホワイトハウスと比較しながら、青瓦台がいかに閉鎖的であるかということ、そしてチェスンシルがいかに大統領の近くにいた人物であるかということを説明しています。

朝鮮総督府時代以後、ユンボソンは花見の時期に市民が散策できるようにして市民に開かれた青瓦台を目指し、公開行事を儲けていました。しかし、1968年1月21日の北による襲撃未遂事件を受け、青瓦台の警備が強化されたといいます。また、北岳スカイウェイは、名前とは裏腹に北からの攻撃を防ぐために作られた道であるとも紹介されています。この事件をきっかけに青瓦台の公開行事が中断され、青瓦台は孤立化への道を歩み出しました。大統領の安全と引き換えに民衆とは距離が開いていくことになります。

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今の青瓦台は1991年に盧泰愚政権時代に完成しましたが、民衆への門は閉ざされたまま、地図上でもはっきりとは現れない場所です。

キョンサン南道のハプチョンには縮小された青瓦台があり、人々が多く訪れる観光地となっているそうです。レプリカの建物が人々にとって大きな関心を集めるほど韓国の国民は政治や権力との疎通に乾いている表れともいえるでしょう。

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青瓦台の設計意図から見ても、青瓦台はあくまでも客をもてなす場所であり、実務的な意思疎通の場所であるとは言えない設計でした。青瓦台側が王の場所である景福宮と似せるなど伝統的な建築方式に固執したようです。現代建設が請け負った部分の建設費用の約半分に当たる200億ウォンを受け取れず、訴訟を起こすなどの問題もあったようです。また、過去大統領の近くで仕事をした人たちは青瓦台の広さに圧倒され、大統領の前にいくと委縮してしまったと経験を語ります。

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秘書室棟は実は青色の瓦の建物にはなく、大統領のいるところから500mも離れた場所で勤務しているというのです。なので、大統領のところに何かを報告しに行くにはその距離を走ったり歩いたりしていくといいます。そこにかかる時間は最低15分だというので緊急の時の意思疎通に時間がかかるというのは大きな問題でしょう。セウォル号事件の時に大統領の居場所がわからないと答弁したのも無理もない話だというのが分かります。李明博政権の時には大統領府と秘書室棟の移動のために自転車が導入されました。
 

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しかし、朴大統領自身は、秘書たちとの交流が円滑ではないという指摘に対して、「回数を増やすなどして解決できるが、今の状況で不十分だと考えていますか?」と笑いながら秘書陣に聞くなど、別に不十分でないと考えていたようです。

また、秘書室に勤務していても大統領に会えない人がおおいといいます。すなわち大統領に会えるそのことだけで権力になりその人の周りに人が集まるというのです。「ムンコリ(大統領の門番)の3人組としてジョンホソン秘書官、イジェマン青瓦台総務秘書官、アンボングン秘書官らが力を持ったのは、大統領に連絡を取ろうとしたら彼らを通してのみ大統領に通ずるという構造があったためだ」と李明博政権時の広報主席は話します。

 

 

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チェスンシルが大統領府の付属室に出入りしていたという報道がありましたが、写真の左、字幕がついている部屋が付属室でその横が大統領の執務室であることを考えれば、彼女がいかにパク前大統領の近くにいて、権力が集まってきていたかというのがわかります。

オバマ前大統領が「ホワイトハウスの主人はアメリカ国民だ」と話すのとは異なり、青瓦台は大統領の執務室以外には普段は人はあまりいなく、多くの部屋は空いていると言います。

番組では、新しい青瓦台の再建築ということで、国民と政治が意思疎通できる空間が必要であると提言して終わります。

 

番組内容は以上です。以下感想です。

 

 





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朴大統領の辞任は、青瓦台の建築構造による国民との分断からつながっているという番組の分析はとても興味深いものに映りました。たしかに、朴大統領の世間知らずなイメージは長く大統領府に住み、大統領として帰ってきたものと重なりました。国民とふれあいが薄く、実務的な秘書官すらも自分の好む人のみを近くに置き、そして事務官でも何でもないおばさんが付属室に出入りする異常さと言うのは、青瓦台の構造を知ることでよりはっきりイメージできるものになりました。朴槿恵前大統領は自分が近づけたい人々とは話していたようですが、様々な人々との対話という点では足りていなかったといわざるを得ないでしょう。そして、彼女はその問題を認識していなかったというのが、一連の騒動の原因の一つだったのかなと感じられました。

なおさら廬武鉉前大統領の人懐こさというのが懐かしいなと感じられてしまいました。

トップ写真は青瓦台ツイッターから。





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