<クイ駅スクリーンドア事件2>アンチョルスはやはり私たちの味方ではない

現在はこれが「2.」のツイッターになっているが当初は違ったメッセージがあった。批判があり削除されたのだ。このメッセージを見たとき、やはりアンチョルスは我々の見方ではないのだと再認識した。


削除されたツイート内容
「かばんの中にあったカップラーメンに心がより痛みます。もうすこし余裕があったならばより危険でない仕事を選べただろうにと思います。」

普通だったら、派遣社員でご飯をまともに食べる時間もないんだろうにと感じるものを、アンチョルスはカップラーメンから「危険な仕事をするしかなったかわいそうな状況」が思い浮かべたということだ。

<クイ駅スクリーンドア事件1>裏には李明博が?この事件の制度的問題背景でも扱ったが、この事故の背景には政治的な理由で制度的に不十分であった背景が隠れている。しかし、アンチョルスは、個人がそういった仕事を選ぶしかなかった個人的な問題であるとまず思い浮かべたということだ。

また、ネットのコメントにはこの「余裕」という意味が一体何なのかわからないという意見が多かった。本人に聞いても答えはもらえないだろうが、訳者の予想は「金銭的余裕」であり「心の余裕」。金銭的に余裕があれば、もっと安くても死に直面するような危険な仕事ではなくて安全な仕事を選べたのではないのか?と書きたかったのではないかと予測する。また、心に余裕をもってもっと勉強できたならばこんな危険な仕事は選ぶはずがないというアンチョルスの考えが透けて見えるように感じた。なぜかは次のツイートを見ていただければわかると思う。

続くツイート。

今後も誰かが私たちのために危険な仕事をしなければなりません。完全でないにしても少しでも危険は少なくせねばなりません。これが私たちの任務です。

「自分たち」と「危険な仕事をするという人々」をわけて書いているということ。自分はその「私たち」であり「危険な仕事をする側」ではないということ。危険な側を守ることが自分の仕事だということから権威的でエリート主義的なにおいを感じ取れるとこの記事では指摘している。

つまり危険な仕事をするのは勉強ができなかったり、金銭的余裕がなかったりする人がやるのだからそういう人たちを自分は政治家として守っていかなければならない、と話しているのだ。削除されたツイートも問題は問題だが、削除されていないこのツイートもなかなかである。国民が聞きたいのは、「危険な仕事でも安全に安心してできる社会を作ります」「危険な仕事は貧乏人のすることだという職業への差別意識をなくせるような政策を打ち出します」であるはずなのに、何が問題なのかわかっていないということがはっきりしていると思う。そして、かれはこのツイートを削除していない。アンチョルスから学びパンギムンで再び失敗しないためにでも書いているが、アンチョルスは決して庶民の味方などではない。国会議員の中でもトップの金持ちであり、インテリであり、今では国会議員という権力者である。4月の総選挙でアンチョルスに再び人気が集まったと言われているが、多くを期待してはいけないのだ。彼はれっきとした「金持ちの思考を持った人間」である。それでも大統領に押すことはかまわないが自分たちをわかってくれないと後から言うのはお門違いだ。彼は今回またはっきりと自分の政治的立場を表明してくれたのだ。選挙まではまだまだ時間がある。

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