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韓国にとってのチョコパイ「情」とは

初めて韓国に行ったときオリオン製菓の情というチョコパイの駅広告を見かけた。そんなにおいしくもないお菓子なのにずいぶん大きい広告出すんだな、などとその時は思ったが、韓国にとってチョコパイは日本に比べ意味合いがずっと重い。今回は韓国のチョコパイに対する思いや政治的利用方法を紹介する。

韓国でチョコパイを売る会社は大きく分けてロッテとオリオンが挙げられる。ロッテは日本でも有名だが、韓国ではチョコパイといえばオリオン製菓のものを思い浮かべる人のほうが多いと思われる。そのオリオン製菓の「情」というお菓子の名前がまた、韓国らしい。ここでいう情というのは日本語で言えば、「思い、愛情」といった意味である。
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上の写真は韓国の海外文化広報院がハイチ地震の時に復興のために派遣された兵士が地域の少年にチョコパイを分ける写真である。
この時映っているのもオリオンのチョコパイだ。

軍にいたときはとてもチョコパイを食べたかったです。チョコパイの袋に書いてある情という言葉に理由があると思うのですが、軍にいると、家族の「思い」や恋人の「愛情」などがどうしようもなく恋しいときがあります。なのでそのチョコパイを食べると何となくその人々の愛情を感じ、またその人々と思いを分け合うことができるように感じるのです。チョコパイの「情」というメッセージには軍隊にいて愛する人から離れている寂しさを慰めてくれる力があります

急に軍という言葉が出てきたが、韓国人男性にとって軍にいるときに食べられる甘いものといえばチョコパイだ。入隊しても階級が上がれば軍隊内の売店でいろいろなものが買えるようになる。しかし、訓練兵のときはまだ軍生活にも慣れておらず軍のご飯以外食べられるものはない。軍のご飯は外の生活になれたものにはおいしいとは感じにくいようだ。そんな訓練兵にとって日曜日に行われる宗教行事は甘いものに接するチャンスである。訓練生時代そこに行くとキリスト教(や仏教でも時には)ではチョコパイをもらえるところがあるので、そこにたった一つのチョコパイをもらうために行った思い出がある人が多い。そして、甘いものに触れていなかった時食べたチョコパイの記憶はとても鮮明であるようだ。




このように韓国人にとっても意味深いチョコパイだが、北朝鮮に対してもチョコパイは戦略的に使われている。

開城工業地区は、韓国が出資し、北朝鮮の人々が働いていたところであることは周知の事実だが、北朝鮮の核実験によって事実上閉鎖になった。給与は韓国から北朝鮮の従業員に直接渡していたわけではなく、北の政府を通して渡されていた。核の開発費に開城のお金が使われていたというニュースの意味は、北の政府が給与のうちからピンハネし核開発にお金を使い、わずかな金額を北の従業員に渡していたということだ。北朝鮮政府はピンハネによって2014年で年間8000億ドルを儲けていたと言われている。

その開城工業地域においてチョコパイが配られていた。その理由は次を読んでもらおう。

開城工業地域に進出している韓国企業は生産性を上げるためにチョコパイを支給した。韓国企業から直接賃金をもらえるわけではない北の労働者に時間外労働をさせても、その分賃金が増えるわけではなかった労働者に韓国企業がインセンティブとしてチョコパイの力を借りる方法をとった。

このようにチョコパイは北朝鮮に向けても意味が大きかった。北側の労働者の発言を見てみよう。

「いくら一生懸命仕事をしたところで受け取るお金で家族を食べさせられないのなら、いっそのことチョコパイで給料をもらうほうがいい」という話まで出ている。理由は北で2000ウォンで売れるチョコパイを10個もらうだけで月給よりも多いお金になると考えているからだ。
また、「韓国がおやつとしてくれるチョコパイが私たちの生命線だ」と話し、食糧難を解決しないまま何十年前の為替レートで給与を与える北の国家を批判する者もいる。と北の情報筋が話した。

ちなみに月給は約8700ウォンだそう。このように、韓国のチョコパイは写真のように韓国の広報に使われたり、対北朝鮮への資本主義の象徴としても使われたりする。実はおいしさで言えば、ロッテのほうがおいしいと言われているが、それでもオリオンの「情」は売れている。2015年12月の売り上げは一か月だけで101億ウォンと昨年の同時期に比べても20%以上増加しているという。オリオンが売っているのはチョコパイだけではなく「人の心」そのものだと韓国人には感じられるのだろう。





 

アンチョルスから学びパンギムンで再び失敗しないために

やっとアンチョルスについて整理することができた。ちなみに、中に出てくる「ある第三候補」とは廬武鉉のことだと思われる。アンチョルスの黄金漁場もう一回見てみたいが、どっかにないかな。
アンチョルスのような人に希望を見出すのは別に今に始まったことではないのだけれど、なんだかやってくれそうな感じがあっただけに残念だ。
この記事を読んでやっとアンチョルスの三年間を振り返られた。今も「国民の党」というどっかの国とおんなじような名前の党を作りどうにかしようとしている。毎日ニュースには顔を出し、まだ話題はふりまいてはいるものの国民の支持を再び得られるかどうかはわからないが、記事を読んでみると難しそうだ。

      アンチョルス旋風は終わった

アンチョルス旋風の物語は終わった。2012年に時代の希望をかなえられる候補だと思われ、華麗に表れたその人は朴槿恵の人気を押し下げられる唯一の人物であると考えられ、国民的な支持を受けた。しかし年月が過ぎた今、彼は一ケタ台の支持率であり次期大統領選の有力候補とはいい難い存在になってしまった。

一時期、韓国の政治を変えてしまう彗星のような存在に思われたアンチョルス、そして、アンチョルス旋風が夏の一夜の夢のように短い物語に終わってしまった理由は何か?アンチョルス旋風が物語として終わってしまった理由は2つある。斬新な候補であるという外面的な要素にとらわれ彼を支持した韓国国民の未成熟な判断、そしてそのような国民的期待に応えられなかったアンチョルス自身の問題

ある第三候補がそうであったように、前回の大領選挙の際の斬新的な候補として人々の心をつかみ高い支持を受けた。しかし、実際には彼がどんな考えの持ち主なのか、国民たちにどんなビジョンを見せられるのか国民は分かっていなかった。アンチョルスの考えがわかる本が大統領選挙を目前にした時期に発売され、アンチョルスの考えを知りたい支持者たちに瞬く間に広がったことは、これをよく示している。人々は彼を支持しながらも彼の考えを知らなかったということだ。なんと悲劇的な話だろうか。どんな考えとビジョンを持っているかもわからない人物に対し、そのイメージだけを信じ大統領という重責を任せようとした軽薄さ。そのうえ人々は「アンチョルスの考え」を読んだ後も彼の考えはよくわからないとまで話した。それでもイメージを信じ彼を支持した。
このように前回の大統領選のとき韓国国民は彼の考えではなくイメージで彼を応援した。支持者たちは未熟であり甘く見ていた。彼の支持者や野党を応援した人々は当時朴槿恵の支持者に彼女のイメージのみを見ているだけだとか、彼女の父を思い出して彼女を支持しているのだと批判したが、アンチョルスの支持者もまたその批判に無関係ではなかった。

      アンチョルスの党離脱、そして変わった世論

アンチョルスは大統領選後に国会議員になった。国会議員になり第一野党の共同代表になり、人々はやっと彼の考えが何なのかそして、彼のリーダーシップははどんなものかを確認する機会を得た。その結果は前回の大統領選の時とは全く違うものであった。想像とは違い現実は甘くなかった。彼は無能であったし「新政治」とは単なる言葉にすぎず、蜃気楼のようなものであることが明らかになった。そしてアンチョルス旋風は自然と弱まった。彼に対する支持も弱まった。
そして、彼は2015年末に新政治民主連合から離脱した。この時の状況を見てみると、彼の失策は明らかである。これまでの動きもそうであった。彼は新政治民主連合を革新しようという自分の思いをムンジェイン代表が受け入れてくれないと党を離れたというが、問題は彼自身にあった。彼はこの間党内の革新のための革新委員長職を拒否し、人材受容委員長職も断っていた。文(ムンジェイン)ー安(アンチョルス)ー朴(パクウォンスンソウル市長)の連帯という事実上の共同代表システムも拒否した。彼にとって革新とは革新委員長を引き受けたり他の責任ある職務を引き受け党の変化を推進することではなくムンジェイン代表をやめさせることだけのように思われた。
彼が党を離脱した後様々な批判が飛び交うのは前回の大統領選の後の雰囲気からすれば全く異なるものだ。3年の間に多くのことが変わった。彼が党を離れることは彼が野党の分裂を引き起こし4月の総選挙においてセヌリ党が大きくかつ基盤を作ったことになると批判した。そのうえセヌリ党のスパイではないかという話まで出た。彼がまた「撤収」(名前のチョルスと韓国語発音が同じ)したとか、自分の政治力への欲望のせいでこんなことをしでかしたという批判もある。このような批判にすべて納得はできないもののこれまでのアンチョルスの行いはそう言われても仕方ない部分はあるだろう。




      アンチョルス旋風をただの物語として終わらせてはいけない。

アンチョルス旋風はすでにストーリとして終わった。彼に大きい変化がない以上前回の大統領選のような支持を受けることは難しいだろう。この物語が終わりに差し掛かった今韓国国民はどんなことを学んだだろうか。この物語をただの物語として終わらせてはいけない。物語がただの物語として終わるだけでどんな学びもないとすればそれは何の意味もないものになってしまう。
このことから学ぶべきは、斬新なイメージだけでその人に関して何もわかっていない、その人の考えすらもわからないような人を支持することは危険であるということだ。振り返ってみれば韓国国民は第3候補という人々をその斬新さだけを信じ支持していた部分がある。その結果失望したことが多かった。そして今も次の候補として比較的斬新だと思われるパンギムン国連事務総長を支持する人々が少なくない。彼が政治に関して、また韓国が進むべき方向に関してどんな考えを持っているのかもっわからないままにである。彼の考え、ビジョンがわかった後支持しても遅くはない。失敗は一度でいい。
何はともあれ、次の選挙で韓国国民は「アンチョルス旋風」を通じて何を学んだのか確かめなければならない。物語から何かを学んだとき、その分だけ韓国政治は成長することができる。




Mp3一曲ダウンロードでミュージシャンには3円、韓国のデジタル音楽配信サービスの真実

韓国の音楽流通はCDとデジタル音楽配信サイトが主。その中でも韓国系音楽配信サイト(メロン、M-netなど)が有力です。なぜなら安いから。だいたい1000円で150曲とかダウンロードできるんでそりゃ使いますよ。メロンの合併の話でも書きましたが、韓国のデジタル音楽の流通は携帯電話会社が中心でした。しかしデジタルが進むにつれ違法コピー違法ダウンロードが蔓延しました。そのせいでこれらデジタル音楽配信サイトは値下げをし、多くの人にお金を出すことで音楽を楽しんでもらう方法を模索しました。最近ではその考えも浸透してきたように思います。(が、まだ違法ダウンロードがなくなったわけではありません。)しかし、お金を出して音楽を買うところまではいっても制作者側に流れるお金があまりにも少ない。ミュージシャンへのお金を削ることで流通と著作権協会が腹を膨らます現状。題名の通り最も人気のある音楽配信サイト、メロンで人気の150曲千円コースでダウンロードされた場合、制作者にはいるお金が約3円ということです。インディーズバンドの人が音楽配信サイトからの振り込み明細を公表し、明らかになりました。(他のサイトや料金制の一曲単価が高いコースで買われるとその分収入が増えるそうです。)

韓国ではitunesは全くもって人気がありません。デジタル初期には韓国独自のmp3プレーヤーが人気でしたし、ipodが出てもiriverが人気だったのでファイルをそのままプレーヤーにいれただけでした。itunesで音楽を管理するという考えは広まりませんでした。新しい曲が出たらファイルを入れ換えて古い曲はサヨナラ、もしくはコンピュータに残るだけ。

韓国にもアップルはありますがどうやらこの音楽配信業界に入り込むには障害があるようです。
一つは海外の事業が入る際に政府の承認が必要であるということ。国内の企業を脅かさないためにもアップルのような大きい会社が何もなにしどかどか入っていくことは難しい。
二つ目に著作権協会との契約が必要だということ。これは日本の感覚でも通じますね。

少し翻訳を。

政府は国内市場を混乱させ驚異となる可能性があるという理由でアップルが韓国国内におけるデジタル音楽配信事業を認めていないようだ。公式な話ではないが何人かから聞いた話によると、収益の分配率と商品構造が国内の実情とかけ離れているという理由で承認が下りないようだ。つまり、ミュージシャンに分けすぎということと変わらない。あくまでも予想であるが。

音楽ストリーミングサービスのアップルミュージックも韓国ではまだサービス外なことを考えても上の話があながち嘘ではないことがうかがわれます。

2000年代の主力商品は携帯電話の呼び出し音、電話がかかっているとき相手に聞いてもらう曲、サイワールドのbgmであり、流通マージンが大きく収益が大きい部分がありました。しかし、一旦不法ダウンロード時代を経、スマートフォン時代になりダウンロードが楽な音楽配信サイトに人が帰ってきたものの、人を呼び戻すため、そして、安さ競争のためよりやすくなったmp3。この状態にしたのは結局政府であり著作権協会であり、メロンその他のデジタル音楽配信サイト。この3つが困らないように音楽配信市場を作ったせいでミュージシャンたちは正当な対価をうけることも対価を得ようとitunes music storeなどの他のプラットホームを模索することも難しい状態であるといえます。

アイドルは音楽をうって儲けているのではなくテレビ出演やコンサートが儲けの主流です。前回SMの新しい試みについて書きましたがこれを読むとSMが韓国のデジタル音楽配信サービスの構造の中で戦おうとしている重みが変わってきますね。(SMのことですから絶対に負け戦はしないでしょうが。)

何しろ音楽で生きていきたい人の夢を摘んでしまうような構造は残念ですが、いい音楽が市場で評価を受けてほしい思いでいっぱいです。音楽にもお金だそう。

参考サイトhttp://www.ddanzi.com/ddanziNews/2349484

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韓国の高校生の夢は公務員と不動産の大家

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前回の無限挑戦の希望とは反対に、韓国の子供たちの間には、「何とか生きるために苦労しないでお金を稼ぎたい」という思いが蔓延しているようである。

JTBCの調査によるとソウル市内の小中高校生830人に調査した結果高校生の将来なりたい職業は1位が公務員(22.6%)、2位が不動産のオーナー兼大家(16.1%)であった。生徒は、「お金が稼げて後々の生活も楽だから」と話す。

印象的だったのは、弁護士が将来の夢だと言って理由を聞かれ、「不自由なく食べれるように、不自由ない生活ができるように」といったあと、周りの子供たちが笑っていることだ。

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なんとなく、家で家族と話していることを子供が大人のまねをして話しているような感じだ。実際将来の夢を決める際に両親の影響力は大きい。大人がどんな将来を描いているかが子供に影響を及ぼすのは当然だろう。

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前回記事 無限挑戦のスクリーンショット

前回の記事で無限挑戦でも出てきたが「不自由なく食べれるように、不自由ない生活ができるように」という韓国語「チャル モッコ チャル サルゴ」という言葉はもう、決まり文句である。親たちが家でこの言葉を何度となく使っているのは想像に難くない。子供たちの隅々まで浸透しているだろう。

記事では、小中学生ではスポーツ選手や先生などという職業が人気だが、年齢が上がるごとに安定性や収入に重きを置くようになると書かれている。

夢を持つこと自体が子供達には贅沢だと感じる時代だと専門家は話す。

日本では年齢が上がるにつれ、希望職種に専門職や資格が必要な職種(薬剤師や保育士)が上がることが注目されているが、韓国では、楽したい、や、年金をきちんとほしいというのもポイントになるようだ。それだけ未来に対する希望が持てないということを表しているのだろう。

 




 

2月27日放送 テレビ番組無限挑戦の社会へのメッセージ

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無限挑戦は韓国MBCが制作しているテレビ番組である。歴史は長いが番組当初から出演しているのはもうユジェソクしかいない。病気によって休業中のジョンヒョンドン、飲酒運転自粛後CSで復活したノホンチョルがいなくなった。

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「ノホンチョルの町中ショー」からスクリーンショット

CS番組では自撮り棒にカメラを付け自分で撮影しながら街を歩いている。しかし、事件前ほどの爆発は見られない。もし、事件前と同じようなテンションで番組をしたら、反省してないのかって怒られるだろうし厳しい時期だろうがやっぱりこいつがテレビにいないとつまんないのでしっかりリハビリして地上波に戻ってきてほしい。




本題に戻ろう。無限挑戦は出演者も面白いけどそれらを操るPDキムテホがカギを握っているだろう。番組中の下に字幕が入るがそれが独り言のようでありながら、視聴者の代弁であり、共感できる。
2016年2月27日放送分は、「あなたの悪い思出消します」という回だった。無限挑戦では日本占領下の軍艦島における朝鮮人の強制労働についてや反日的な番組もよく放送するのだが、韓国社会に対しても問題提起をいろいろな形でしている。
今回は出演者の悩み相談に僧侶や精神科医、漫画家などがのり、相談の受け方をそれら専門家に学ぶという回であった。
その中で、漫画家のユンテホ氏、チョジョンミン氏の答えが昨日の2PMチャンミンさんのツイッターにも関連すると思い紹介しようと思う。

      理想を語ることを認めよう。

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チョジョンミン氏が成功そのものは夢にはなりえないんだと現代の風潮について否定的に入る。

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チョ氏:なぜ成功したいというのですか? ハハ:不自由なく食べれるように不自由ない生活ができるようになりたいんです。

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チョ氏:食べることに不自由しないということ、不自由なく生きるということそれ自体は重要ではないのです。

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真の意味での夢がなければ成功したとしてもそれは失敗です。と、勉強に未来を見いだせない若者にはうれしい発言だと思う。しかし、現実にはそれだけでは何不自由ない生活は難しい。以下の漫画家のユン氏の言葉は若者たちへの希望になりうるだろう。

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ユン氏は社会において共に生きる価値を真の意味での夢として持ってくれたらうれしいと話す。また、夢は何かと聞く側も職業を聞くのではなく「どんなひとになりたいのか?」をきいてほしいという。




      韓国の自殺の多さについてのユン氏の考え

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ユン氏は自殺の多さに関しては、社会が温かみを失い、あらゆるものに対し恨めしい思いを持つことになったことが原因と話した。常に成長を求められる競争社会においてその競争に一度でも負けてしまうと人間としての基本的欲求すら満足させることが難しい状況であるため社会的な安全網が必要だと話した。

 

これは、知識人の言葉を借りたPDキムテホ自身の社会へのメッセージだと感じた。このようなぶれない社会へのメッセージが若者だけでなく多くの年代に受け入れられているのだと思う。笑いを提供する娯楽番組でありながらも社会へのメッセージを発信するこのやり方は日本にはない強さだ。もちろん毎週社会派的なことをやるわけではないが、やっぱりムド(無限挑戦の短縮語)は面白いなと感じた回であった。

ちなみに私の大好きな回は2月20日、13日放送の「モッチンソ 不細工な友達を紹介します」であるが、ひたすら笑える今回とは全く違う楽しさも好きだ。

記事のなかで使用の写真は番組からのスクリーンショット
なお、トップの写真の言葉は「自分も経験してわかったが、お前の熱い思いに比べて、世界はつめたい。」




2PM チャンソンがtwitterに投稿したニュースのKOREAL的解釈

ふと思ったんだけど、ジョージオーウェル先生はやっぱりすごいんだなって思った。

2PMのチャンソンさんが社会的なことをtwitterにあげていたので自分の解釈を含め書いてみます。
ジョージオーウェルに関してはレビューだけでいいんじゃないでしょうか?正直長すぎですし、興味ない人には苦痛で仕方ないと思います(笑)

なんであがらないんだろう?(なんでニュースで取り上げられないんだろう?話題にならないんだろう)

      正しいものは正しいのだといっていい

幸せは成績順なんかじゃないんじゃないですか?私はその成績順という枠にとらわれてその中でもがき苦しんで生きていくことを軽蔑します。

私は韓国の今の一番の問題点は、君主(政治家)には正しいことを求めるんだけど子供にはずるい手を使ってでも勝てという矛盾だと思うんですよね。この点は日本とは違うかなって思うんです。日本では、生きにくい社会になればなるほど消費を少なくしむしろ真面目に生きて正しさを実践しようと没個性になっていってそれはそれでいいことでもなさそうだけど。韓国の本音は正義はかえられねばならないと思っているのに建前である「うまくこなす」ことだけをもとめるんですよ。それってやっぱり本質でなくて。正しいものは正しいという本質を教えたうえで建前に行けば、勉強も受け入れられるかもしれないのに。韓国の若者は学びに正義が不在していることがわかってるから窮屈でしかたがないんだと思うんですよね。だからむしろ反動で勉強を、そして生そのものを完全拒否したりする。映画の題材の子のように。

      韓国人の理想像は正義と権力を兼ね備えたスーパーマンである

勉強ができる人を人格者ととらえる儒教文化の影と試験結果がよいことを「成就」ととらえる近代的能力主義が韓国人の生活に大きく影響を及ぼしている。『差別に賛成だ』の著者である社会学者オチャンホ博士は「韓国の社会が西洋とは決定的に違う点は急激な経済成長において質的な成長を望むのではなく個人的な何かを成し遂げた人のことを「良い」と考える文化があること」であると話す。

私のブログの韓国政治の宗教化でも言ってるんですが、韓国は歴史的に君主の理想形として権力と政治が両立するんですね。王様は勉強(教科書をまる覚えすること)と民のことを思い政治を行う。この理想像は韓国人の共通イメージなんですけど。現代は国民のほうを向いた政治とは程遠くて、それに失望している状態、そして社会全体にその失望がひろがっている。
で、それが勉強勉強の現代とどう関係があるのかと言えば、朝鮮時代から続く科挙試験なんですが、これは実によくできた制度で科挙に合格することで人生一発逆転できた。この制度は朝鮮において「勉強できれば勝ち組になれる」の源流あると思うんですよ。勝てばそれが正義じゃないですか。社会的地位、権力。

この記事に出てきた「幸せって成績順じゃないでしょ?」という言葉だけど残念ながらもとからそうだったと思うんですよ。今に始まったことではなかった。朝鮮時代風に言えば現代が「総科挙受験国家」になったということだと思うんです。日本では専門学校が担当する職業訓練にも受験という文言がつきまとうし。具体例でいうとお笑い芸人などの一部芸能分野も大学の芸能学科や放送学科にはいり、テレビ局付きになりるという、「大学からお笑い芸人への就職」という道がある。(給与は一般職とはことなるし認知度が上がると事務所にはいる。)

学力が高いほど全体的に生活に関しても自身の職業に関しても満足度が高かった。全体平均の31.1%をおおきく上回った。(中略)似通った満足度は「4年制大卒業」を境に段階的に大きく下がっていく。専門大卒35.1%、高卒28.8%、中卒23.1%であった。「自分の職業に満足している」の設問に対しては上位圏大学出身者は47%で全体平均の23%の2倍である。高卒の満足度は19%であった。2000年代中盤においては4年制大というラインが幸せの大きな壁であった。

ただ、階級社会でなくなったとはいえ総科挙社会なので結局受かったものと受からなかったもので格差が生まれる。4年制かそうでないかで分かれる、「幸せの壁」。

西洋的な個人主義と個人の努力で試験に受かれればランクアップできる朝鮮の制度はよくマッチしたんだと思うんですよね。そしてその頑張りによる報酬がでかいのでやるしかない、と。朝鮮時代では受かったものとそうでないものであきらめもついたんですが、現代では、すべての国民がよくいきたいと思っているのにかなえてくれない政治がわるいんだ、となるわけです。不満を持つ度合いが島国の我々から見て高く感じるのは韓国人の理想の君主像(正しい人格を持った人が正しい政治をする)からもあたりまえのことだとおもうんです。だからこそ政治が、勉強の本質についてもっというべきだとおもうし、そのように変えられるところはかえればいい。実際は競争社会であれ。(主力勢力がやろうと思っても足を引っ張るのが反対勢力だということには注意。批判先はどこか。参照

「1位なんて嫌なんだけどな」「夢があるんだけどな」「私は友達がほしいのに」この言葉はお母さんが嫌いな言葉だよね。私にいつも手段や方法を選ばないで勝ちなさいと話したお母さん、友達とは遊ぶな、と悲しい言葉ばかりおっしゃるお母さん。矛盾してるけどその人こそ自分を15年間育ててくれた大切なお母さんです。

ただ、上にもある通り、儒教的に逆らえないのが両親、教師という存在。子どもにとって、支えてくれる存在であるどころかプレッシャーを与えてくるのが彼ら。子育てにおいてお父さんお母さんは見守る立場でいましょうなどという優しさはないわけではないだろうが、父権的で逆らって理論的につぶしにかかろうものならその先はご想像にお任せします、だ。正しいことは正しいといいたいのに、絶対的に正しい最も身近な存在がそもそも見方でないというのは若者にとって絶望だろうなと思います。






 

以下にニュース本文の抜粋を載せておきます。後半の具体的な紹介は力尽きました。すみません。

「1位なんて嫌なんだけどな」「夢があるんだけどな」「私は友達がほしいのに」この言葉はお母さんが嫌いな言葉だよね。私にいつも手段や方法を選ばないで勝ちなさいと話したお母さん、友達とは遊ぶな、と悲しい言葉ばかりおっしゃるお母さん。矛盾してるけどその人こそ自分を15年間育ててくれた大切なお母さんです。幸せは成績順ではないものじゃないですか?私はその成績順という枠にとらわれてその中でもがき苦しんで生きていくことを軽蔑します。

1986年1月15日にソウルの女子中学生が友達に手紙で遺書を残してマンションの屋上から身を投げた。全校1位にもなったが幸せを感じられなかったある中学生の死は社会に大きな衝撃を与えた。この事件は映画化され「幸せは成績順じゃないじゃない」という映画が作られ、「インディアナジョーンズ」を抑え1位を記録した。

1989年に全国教職員労働協会の発足、真教育運動の契機になった。しかし学閥(良い大学を出ることによる社会的地位)はなくならなかったし、in seoul(インソウル:よい大学がソウルに集中していることから。ソウルにある大学を指す。)、地雑大(地方にあるインソウル以外の大学を指す。)など大学の序列を表す表現は多様である。Orbis Optimusなどの受験生用情報共有サイトが現れ始めたのもこの時期だ。このころの10代が30年前の10代とは異なり競争の価値を内面化したせいだろうか。でなければ、韓国社会において幸福は成績順でないという前提ははじめから間違ったものであったのだろうか。

2月17日にソウル大学で開かれた経済学共同学術大会において、キムヨンチョル祥明大金融経済学科教授は学術研究論文「幸せは成績順ではないじゃないか?:学力(学閥)の非経済性効果の推論」において「名門大学卒業であればある程生活の満足度が高い」と発表した。いい大学を出れば、生活における全体的な満足度が高いということである。

キム教授は成人9997名を対象に調査を行い韓国労働パネル調査(KLPS)7次年度(2004年)の資料を基に分析した。これによって生活満足度と学力・出身大学などの相関関係を調べた。学力は入学時平均成績を推測し上位圏大学(10大学)、中・上位大学(30大学)、中位圏大学(40大学)、その他の4年制大学、専門大学、高卒、中卒以下に分け比較した。

学力が高いほど全体的に生活に関しても自身の職業に関しても満足度が高かった。全体平均の31.1%をおおきく上回った。(中略)似通った満足度は「4年制大卒業」を境に段階的に大きく下がっていく。専門大卒35.1%、高卒28.8%、中卒23.1%であった。「自分の職業に満足している」の設問に対しては上位圏大学出身者は47%で全体平均の23%の2倍である。高卒の満足度は19%であった。2000年代中盤においては4年制大というラインが幸せの大きな壁であった。

収入が多いから当然安定的な生活ができ満足度も高いのではないか。名門大の卒業証書が就職において有利であり「給与プレミアム」の役割をするというのは早い時期からあった研究であった。『韓国教育』33号に掲載された「大学の序列に反する経済的収入分析」においても2000年代中盤において上位圏10大学の卒業者は100大学の卒業者平均よりも23%多い給料をもらっているという分析があった。しかし、キムヨンチョル教授の研究結果からは「給料」の差だけではないことがわかる。キム教授は所得と職業上の職位が同じであると仮定して主観的な満足度を比較した。(数字略)つまり、同じ給与をもらったとしても、良い大学を出ればより幸せを感じるということである。





 

背は競争力の証!?男性の見た目「も」評価対象の韓国社会

韓国において多くの人の悩みが「外見」であるだろう。狎鴎亭をはじめとした江南には毎日のように新しい整形外科が現れ、外見のための新しい産業が次々に現れる。若者の1番の興味は「見た目をどうやってよくするか」ということである。

若者が見た目に気をつかうのも無理はない。企業の人事担当者の10人に8人が採用時の面接で外見や服装を評価の対象とすると答えている。半数以上の担当者は見た目以外の判断基準において多少劣っている志願者でも見た目がいい場合は点数可算し、合格させた経験があると答えた。
その理由として、「印象によって信頼度が変わる」(50%)「自己管理ができるかどうかわかる」(30.6%)「外見が対人関係に影響する」(28.7%)が挙げられた。
確かにこのような就職における見た目の重視度合いは女性に比べれば男性のほうが低い。しかし、日本でもそうだろうが韓国でも美容に力を入れる男性が増えてきている。韓国の男性が利用する美容サービスとして、皮膚管理、ネイルアート、しわ用化粧品などがあげられる。

韓国のこのような現状が広がった理由として専門家は「外見は競争力」という考え方が広まったと指摘する。
高学歴であっても就職が難しかったり、ホワイトカラーの失業などによって社会的、経済的に無気力感を感じる若い男性が知的能力よりも効果をすぐに感じられる外見へ自己投資をしているという分析だ。女性が気に入った男性を選び女性のほうがより積極的に男性を選ぶようになり、男女関係において女性の選択権が広がったことが見た目を気にする風潮を生んだというのだ。
延世大学社会学科のキムヒョンミ教授は「1979~80年代は大学や職場によって社会的地位が決定したが最近は外見が個人の能力を決定するのに大きな役割を果たしている。学力のような内在的な能力は簡単に変えることはできないが、外見や体形は自分の努力によって変えることができるので、そのことが個人の競争力向上につながる。」と話した。

三つの記事から引用

「背が高くてかっこいい男が好き。」というのは、韓国女性の決まり文句である。実際は背が高くて儲けのない人よりも、不細工でも社会的地位の安定した人を選ぶのは日本も共通しているといえるだろう。
ただ、採用担当者が「見た目も考慮する」と堂々と言う。男女とも様々な基準に到達しようとする。島国の日本にいきているものからするといきすぎたように見える努力を。
韓国では相手の見た目についてよかろうが悪かろうが話題にする傾向があると思う。「やせたんじゃない?なにしたの?私にも教えなさいよ。」これなら日本のガールズトークで十分ありうるが、「顔膨れてるよ。昨日の夜寝る前にラーメン食べたでしょ?」と、女性同士男性同士だけでなく男性が女性にも直接言う。この「ラーメン顔膨れ」は性差別が声高に叫ばれる韓国でもなぜか許されている決まり文句だ。相手について興味があるということなのだろうが、日本人相手にずかずかいうタイプの私もびっくりするくらいずかずか入ってくる(笑)
見た目を気にするこの風潮は、言うことも言われることも多いのでより気にしてしまう現象なのではないのかと思っているのだが。

それにしても大学、軍隊、英語、インターン経験、外見の自己管理と韓国男性は忙しすぎる。




韓国人男性にとって軍とは

上の記事へのfacebookのコメントから抜粋

合理性や経済性に関していえば軍隊というところは問題も多いと思うが韓国の男性として生きていこうとするならば、また、韓国の男性というものを理解し、共感しようとするとき軍隊というものに勝るものはない。

韓国で生きていこうとするならば、そして韓国の男性として生きていこうとするならば、軍隊というところは避けて通れない。軍隊に行ってきたということが社会において「韓国の男」であるということの連帯感を生みだす。

ユスンジュンは韓国の90年代のアイドルでアメリカ国籍を取ることによって不当に軍入隊をしなかったと受け取られ、韓国に入国を許可されていない。この人の入隊拒否に関して悪口を言うことは韓国国民であるなら許されるという具合に、ニュースが上がるたびに「韓国に入国して金儲けのことを考えるな」「ニュースすら報道しなくていい」というコメントが並ぶ。

コメントから抜粋

ユスンジュン氏が入国停止を解く方法。1.アメリカにある韓国系の養子施設に寄付することを続けて奉仕活動にまじめに取り組むこと。 2.慰安婦問題のような民族的にうったえる考えに対し積極的に賛成し愛国心をアピールすること。

軍隊と愛国はともに論じられる。つまりユスンジュン氏は非愛国者であると判断されたわけだ。韓国の仲間ではない、と。自分と一緒の苦しみを共有できない人。

しかし、一つ目の記事は「軍隊に行くのは怖くて行きたくない」という内容の記事。行かなければいけないが、行きたくない思いもあるのは否定できない。

行かなくてもよかった人への反発心をユスンジュン氏への過剰な反応から見て取れる。

PSYの軍隊二度入隊も、他人がいい思いをすること、ずるをすることは納得いかない。という思いが社会全体に渦巻いているからこそ世論がおして軍隊に行かせ落ち着かせた。

ピ(レイン)は入隊中にキムテヒとデートをするために規則よりも長い休暇をもらっていたことが明らかになって、韓国男性からの信用を失った部分がある。(女性は別)

一つ目の記事のコメントの中には「軍隊なんて行ってみればなんとかなるから。昔のように怖いだけでない。」と、軍入隊を心配する青年たちへの応援も多い。

韓国男性同士の連帯感は軍体験を通じて固いものになるが、韓国女性が一番嫌うものは、男性が軍の思い出話をすること。同じ話ばかりして面白くない、聞きたくもない、という悲しいお話だ。

韓国は同じ苦しみを共有することで連帯する。格差は同じ苦しみの共有が不可能である。つながりを意識することが難しくなり孤独感と格差という裏切りの思いが積み重なっていく。

日本の愛国心とは現れ方は異なるにしても孤独感と格差への絶望は同じであるように思う。不透明さが国同士の嫌悪感を生み出すのか、生み出すように仕向けられているのか。

ヒューマニズムな結論で文をまとめることは簡単だが、それが難しいからこそ葛藤し続けるのだろう。





K-POPにおける青少年保護コンテンツについて2

1.から続く

      曲とMVは審査機関が異なる

韓国においても青少年保護物についてかなり混乱しているので整理してみよう。
音楽に関しては歌詞を含めた曲とミュージックビデオは別々のものと考えられる。曲は女性家族部の青少年保護委員会による事後審査をうける。しかし、ミュージックビデオは事後にも国の審査を受けない。放送各局は個別に曲とミュージックビデオそれぞれに関して青少年保護のための審査を行う。
また、放送番組に関しては事後問題があった場合、放送通信審議委員会の審査という調査を受ける形になる。なので、放送局において曲の放送禁止指定を行わない限り女性ガールズグループの目を覆いたくなるようないやらしいダンスは流れることになる。(放送通信審議委員会は2014年に警告しているがそれ以上強い処置を求めてはいない。)
ダルシャーベットのジョーカーがKBSで不可を受けたというのは、あくまで曲に関してありKBSで曲を流すことができないということである。(MVに関してもKBSでは曲がダメだったので流せなかったと思われる。)国の青少年有害物には指定されていないので、各種のMP3サイトにおいて年齢制限なく聞くことが出きる。

ここで、疑問が生じる。なぜ、ミュージックビデオは事後審査なのか?実は、2012年から2014年初頭まではミュージックビデオも映像等級委員会の事前審査が必要であった。しかし、業界側の要請(MVの制作は期間も短く音源の発表まで時間があまりないことが多く、発売日までに事前審査を通すのがむずかしい、という主張。)により、また、音楽業界への干渉を少なくし「自律的な規制」によって業界を活性化していこうという動きが2013年夏ごろにあった。

この自律的な規制というものを初めに行い、自ら曲へ19禁をつけることで自分の表現力を示したのがビックバンのGドラゴン「そのXX」だ。

曲に関しては19禁がかかっている。しかしミュージックビデオは15歳以下閲覧非推奨。MVは事前審査期もの。曲は自主的な19禁であり、この事が話題となった結果、彼の独特の世界観がより認識された曲であった。彼(というかヤン代表)の規制なんて馬鹿げたものだ!という意思。

19禁にすることでむしろ彼は自由な表現を手に入れた。

なお、現在におけるミュージックビデオに関する自主規制による年齢制限マークはオープニングに流れる際のテレビ局(M-netのような音楽専門CSチャンネルの場合もあれば、MBCの場合など多数)の判断なので、そもそも統一された判断基準などない。基準がなく曖昧であるという批判はMVにおいてはあてはまらない。




      戦略的青少年有害コンテンツ化 青少年保護マークはむしろ青少年の興味をそそる。

元ブラウンアイドガールのGAINはソロ活動になってから、曲に関しては青少年保護委員会からの指定はあまり受けていないが、ミュージックビデオに関しては視聴非推奨年齢が高かったり19禁のものが多い。

GAIN(가인) _ Apple (Feat. Jay Park(박재범))

これに至っては、MV上の表示は19禁であるが、掲載元のOnetheKチャンネルは15禁表示なので、掲載元によってかえられるのを見ると、MV制作サイドにおける自主的19禁であると思われる。
このように、19禁表示はむしろ人々の関心を引く手段として有効である。

ソイニョンは前々からそのぶっとんだ性格で有名だった。ソロでカムバックした際にはかなり丸くなったののかな?と思われたが彼女の美意識は芸術的だ。

서인영 (SEO IN YOUNG) – 소리질러

しかし、世間一般向けには、はじめに作っていたものが19禁になり15禁を編集しなおしたのだが、そのこと自体が話題になった。

BTS防弾少年団もまた、はじめのものが19禁になったので15禁バージョンが出た事が話題になった。

BTS(방탄소년단) _ I NEED U

このようにMVの青少年保護等級は国から指定を受ける音楽に関する19禁よりも自由度が高く、音楽活動に支障をきたすものになっていない。また、youtubeにおけるMVの制作過程の公開や、インタビューはファンの注目をあつめる手段として一般的なものになっている。