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韓国の教育問題の核心は親の欲

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韓国の学校外の教育にかかわる教区費の支出額は上がる一方だ。(出典)
朴槿恵政権が当選当時「私教育費の負担の緩和」を教育部門の重要公約として掲げたが現実は異なる。また、学校外の教育を受ける学生は全体の68.8%にも上る。

韓国には、私教育費を下げるため公立や私立などの学校で放課後にも様々な勉強をすることができる放課後学校がある。2014年9月公教育正常化法の施行によって放課後教育において先行学習が禁止され学校外の塾に行く学生が増えた。先行学習とは学校での授業よりも進度を早く勉強する教育のことである。この記事によれば先行学習学習とは予習程度ではなく、一学期程度早く行うのが一般的であるが、早いところでは小学生が中学生の内容を、中学生が高校生の内容を勉強するなど、年齢に合わない勉強をすることになる。

ただ、先行学習に関しては意味がないという論争が韓国では続けられてきて、2014年に放課後学校では禁止された。また、塾によっても先行学習をかかげた広告はできなくなった。(が、実際には行われている)

この記事によれば、先行学習の効果は飛び級をするようなほんの上位数%の学生に対してのみ効果的であり、その他のごく普通の学生には何の意味もないどころかむしろ理解度や勉強に対しての興味を下げるものだという。

このように韓国では先行学習という教育方法が問題となり、一般の公共学校における放課後学校では禁止されるに至った。しかし、韓国には特殊目的高校というのがあって体育や芸術、科学や外国語に関して高校から専門的に学ぶ高校がる。これらでは学習内容自体が教育部の管理を全体的には受けないのでもとから難易度の高い授業を行っていると思われる。なのでこの部分における格差は解消できない、ということが再び論争されている。




韓国の教育問題を見るときにいつも気になるのがなぜ自由に競争することがそんなに悪いのかということである。どうであれ韓国は世界有数の競争社会。学校教育に競争するなするなといえばいうほど競争は激化するし、教育費は上がるのではないかと簡単に考えていた。

      韓国の教育はどこがうまくいっていないのだろうか?

http://www.ddanzi.com/ddanziNews/911374

上の記事の内容に関して、実際に韓国の私教育の影響を大いに受け、ソウル大に入り、会計士になり、アメリカに留学したキム氏がコメントしている。ネットなのでどこまで本当かはわからないが、嘘であったとしても読んでみる意味があった。

塾の先生は学校の先生よりよっぽど上手に教えてくださいました。塾において討論形式の授業もしたし、科学実験室までありました。

講師の先生は学校で人気があった先生でそこを出て塾講師をしていた方が多かったです。

個人的にはとても残念だと思う部分です。校長にでもなろうとしない限り若くて有能な先生は塾にスカウトされて塾に来ますから。学校には教えるのがあまり上手でない先生方が残っていくというのは本当に残念なことです。

 

個人で勉強してソウル大に入ったという人もいました。特に地方出身の子の中にはそういう子が多かったように思います。しかし、その数はどんどん少なくなっているように思います。特目高出身者が多くなってきています。

最近の大多数の社会において高位に位置する人々は自分の子供を初期留学させるためアメリカに送ります。そしてその多くがアメリカに住むのではなく韓国に戻り仕事を得ます。そうすると、アメリカにおいて教育を受けた人と韓国における公教育システムで育った人とでは不幸なことに前者のほうが競争力があるといえるようです。(教育の目的が仕事を得るためにあるのではないのですし、何かの統計を見て話しているわけでもないのですが。)

よって公教育のシステムを競争力のあるものにアップグレードしなくては、韓国社会において積極的に保護しなくてはいけない一般庶民の子供たちが相対的に損をするということです。これは教育を通して貧困の連鎖が起き社会階級を膠着化させる要素の一つといえるでしょう。

そして、そのために一番血を流さなくてはいけないのは公教育の教師たちだと思います。本当に教師が厳しく辛い仕事であるならばこんなに教育大学の競争率は高いはずがありません。感情的に書いてしまうならば、教連の先生や英語ができないような教師はすべてやめさせたほうがいいと思うくらいです。(何も知らない自分が感情的になってはいけないのでしょうが。)

ここからまずわかるのは、公教育における教師の質を上げる必要性があるということだ。そうすることで、多くの国民に学ぶ機会を与えられ、既得権益を持つ人の子供たちと戦えるということである。

      両親がやれといったことをそのままやってきたけれど、自分は今幸せではない。

引き続きキム氏のコメント

自分が会計士になってみると自分がそんなにかっこいいわけでもないのに女性たちに声をかけられるようになりました。また、クライアントから「会計士の先生」と言われたり、クライアントと高級クラブに行って女の子たちとお酒を飲んで遊んだのはとても快楽的で楽しかったんですよね。若かった頃は市民運動をしてマッコリのつまみにパジョンを食べながら社会の不条理を訴えていた自分が、その時は「大学の授業料が上がるとクラブの女の子の質も上がるなぁ」なんていうクライアントの理事の話を聞きながら笑っていたんですね。

留学に来た今、韓国の多くの親たちがアメリカの市民権を与えよとする気持ちも理解しながらも、自分は親にもならずシングルでいます。

自分が思ったのは物質的に裕福になることは幸せを保証をしないものの瞬間的には快楽を味わえるということです。そして、ほかの人にどのように快楽をあきらめろといえばいいのか自分にはわかりません。

だから、自分も親になったとするならば、私教育もうけさせるだろうし先行教育も受けさせるだろうということです。保守ではない進歩のふりをしながら結局は塾に行かせるそんな親に。

キム氏はそんな教育の恩恵を受けてきた張本人でありながら、それでも自分は今幸せであるとは言えない、と話す。




日本と決定的に違うのは「皆が一番を目指させる」ことだ。使役形なのはなぜか。一番を望むのは親たちであり、子供たちが心からすすんで先行学習をはじめとした勉強をやっている場合が少ないということだ。

日本の教育では「子供が望むことは何でもしてやりたい」といって、いろいろな習い事をさせ問題になる場合もあるが、韓国ではまず親がやらせる。いや、まずではない。最初から最後まで親がやらせるため競争は激化し子供の幸福度は下がっていく。競争が激化し苦しくなっているのは親自身でもあるにもかかわらず。

ただ、キム氏が正直に言うように物質的な快楽は一時的にであれかなりの幸福感があるということだ。だからこそその快楽が続くように物質的な快楽がきれないようにしようとするともいえるだろう。そのためには一番になれ、と。

島国であり多少個人主義が進んでいる私たちからすれば、なんで親がそんなことに口出しするんだとも思えるが、子の成果はすなわち親の成果。親にも取り分が生じると考える文化背景が強くあるといえるだろう。これは儒教的な影響があるのだが、死んでも親の子供は親の子供である。また、ある程度の生活ができればいいやという価値観も、40,50代の親真っ盛りの世代から見ればむしろ馬鹿な考えだといえるかもしれない。(ある程度でもなく最低限度の生活を何とかしていく世代が登場してきたのは日本も同じような道に進んでいくのだろう。)
もちろん、子の成功は親の成功と考え教育ママになるのは日本でもある現象であるが、それに関して社会へ与える影響は日本以上に大きいと肌で感じる。(数字ではないが。)

一番はもう嫌だ、自分の幸せを手に入れるため勉強や行動をしたいと思いながらもそうはできなかった世代が親になっていく今、多少は親の考え方の部分は変わっていくのではないのかなと期待する。だから、キム氏のように、それでも子供にはよい教育を与えようと思うのは間違いではないと思う。親として家を売り払ってまで子供に教育を受けさせるのが美談になるのではなく、自分のやれる範囲で、幸せを感じられるような生き方をできるようになるといいなと思っていることによって未来はあるんだと自分は信じたい。




アルファ高(校)に子供をいかせなきゃ・就職面接で一番強いコメントは「貴社の○○さんと知り合いです」

今日は簡単な記事を2つ。

「アルファ碁のおかげで韓国の中三の子供を持つ親御さんたちは大変だって」「だろうね。どの専攻にいかせるか考えるよね」「じゃなくてアルファ高(校)にいかせたいんだけどどこにあるかわからないって。」

アルファ碁の碁と高校の高が同じというギャグ。韓国語発音ではアルパゴで伸ばし音も表現されないので英語っぽくない。韓国語では碁はパドゥクなので無理もないと言え_るか?

次の記事

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就職試験の際、どのスペックよりも強いのが「知り合いがいる」。漢陽大の看護師採用試験で不正が発覚した。努力以外で就職が決まるということにおける反発のおおきさが現れている。
就職難で多くの人が苦労しているなか、腹立たしく思うのも無理はない。

こんなん別に日本だろうと韓国だろうと、目新しい記事でもないのですが題名がかっこよかったので。




 

韓国に行ってアカスリしてもらったら乳がんを見つけてもらえるかもしれない

韓国の総合病院で、乳がんを疑って来院する中年女性のうち、3,4人中一人はお風呂やサウナにいるあかすりの人に「しこりがあるから病院行ってみたら?」といわれ来院する人だという。乳がん検査がまだ浸透していなかったころには半数程度があかすりの人に言われて来院することが多かったという。
これには科学的根拠もあって、あかすりをするときは手を上にあげて、ベットの上に横になることで、わきの部分と乳房が広がる。すると、固い腫瘍が見つかりやすくなる。乳がんが最初に広がるところはわきのリンパの部分。垢をする際は石けんやローションなどを使って垢をするため感触も敏感になる。また、あかすりの人は多くの人の体を触るので直感的に腫瘍などの異物に敏感だという。後日、自分のおっぱいと命を助けてくれたと「サウナの名医」に感謝の思いを伝えに来る患者も多いという。

中略

韓国の生活文化と医療が協力して「ピンクスクラブ」というキャンペーン事業を行った。ピンクは乳ガン予防と初期発見の象徴する色であり、スクラブは乳房を定期的に触診しようという意味だ。韓国乳ガン学会は入浴管理を行う人々に正確な触診方法を広めるため講習を行った。病院だけが病気を見つける場所ではないということだ。長年の経験は人工知能も真似できない直感を生み、生活のなかにかくれている病気から人々を救うことができるだろう。

日本の温泉施設などにも垢擦りやマッサージの韓国のかたや中国のかたがいらっしゃいますが本場のようにはあまりやらないと感じます。また、しこりについて言ったりしたら日本じゃなんか怒る人もいそう。韓国の根付いた文化のなかだからできる試みだなと感じました。今度コリアンタウンであかすりしてもらおうっと。




太陽の末裔 ~ドラマはドラマ、されどドラマ~

このドラマは、海外に派兵された軍人と奉仕医師団の女医との恋愛もの。ソンジュンギ(ユシジン)とソンヘギョ(カンモヨン)を中心とするロマンスから視聴者は目が離せなくなっている。特に「パリの恋人」「オンエアー」「シークレットガーデン」「紳士の品格」「相続者たち」などのキムウンスク作家特有のストレートかつユーモアに富んだセリフに人々は魅了されている。

ああ、こういう人が書いてたのね、と妙に納得したラインナップ。パリの恋人のパクシニャンと、紳士の品格のチャンドンゴン、セリフ臭かったわね。シークレットガーデンなんて、もうすごかったけど、確かに女子は騒いでいた。でも、相手がこう庶民的だったからか、感情移入しやすくてはまった感じがあったけど、今回は医者。正義感にあふれる感じと地震の混乱の中高いヒールをはいて歩き回るソンヘギョにはちょっと違和感を感じてしまった私なのですが。なんかきれいごとすぎる。

また、かつての男性像ともちょっと異なるのではという気がした。この記事では「女性の主人公をシンデレラにしてくれるような権力やお金は持ってないけれども、家父長ではなく家母長の時代という言葉まで出ている今の女性たちには以前までのようにそのようなものは大事ではなくなってきているといえる。」と指摘されるが、私にはちょっとピンとこなかった。権力はなくても腕っぷしと仕事への責任感と誠実さがかっこいい。そうですか、はぁ。

軍人の恋愛についてのドラマなので軍人特有の堅苦しさが言葉遣いにはあるのだが、ソンジュンギとジングの話し方によって言葉の最後が柔らかく表現され、その効果によってどんなロマンティックな表現よりも強く心に響くように感じる。

結局ギャップ萌?が、女性たちの反応のようだ。ただ、なんかしっくりこない。恋愛が現代の女性に受けたとしても、それだけでの数字ですかね。恋愛だけでここまで受けるかな?と。それもこんな早く。

ドラマで韓国はいろいろな地域で軍事作戦を行う。DMZの緊張が残っている分断国家ではあるがアフガニスタンの対テロ作戦においてアメリカ軍と連合作戦を行い、ウルクという仮想の地域に派遣された。韓国の大企業はウルクに太陽光発電所を建設し傘下の病院の民間医療団を派遣した。平和維持のために派兵された韓国軍は発電所と労働者医療団を守る任務を引き受ける。現地の子供たちはハングルが書かれた服を着ており、「ギブミーチョコレート」と叫ぶ。どこかで見た風景だ。ドラマが描く仮想現実の中の韓国はアメリカ軍の下位パートナーとして世界を舞台に軍事作戦を行いこのような軍事力を基に韓国資本が戦後再建と医療支援という名のもとに世界に進出する。2003年の派兵論者が酔っていたアジア帝国主義の風景である。

(中略)

このドラマが韓国や中国で人気があるという状況は意味深長である。帝国主義の経験がないが21世紀の覇権国家として跳躍しようとする中国の無意識と植民地の経験と分断の現実があるにもかかわらずアジア帝国主義を夢見る韓国の無意識が感じられるためだ。もしこのようなドラマを日本が作り人気が出たとするならどうだろうか。戦争ができる国になりたいとやきもきしているとそれを非難するのではないだろうか。

ロマンス以外のところでなんだかすっきりするので人気があるのではないのかということだ。世界から尊敬される国家、世界から愛される国家、世界のためになる国家でありたい。そのためには悪と戦う。それは正義だと。ドラマというフィクションの世界に入ることで、自分たちは正しいのだと感じられ、気持ちよくなれる部分があるのではないのか?と論評する。この記事のなかではそのような思いを自慰とまで表現し、ネットユーザーたちは、「そんな難しいこと考えてみてない。ドラマはドラマとして楽しむだけだ」と反応している。
ただ、作家本人が「自分の仕事に責任をもち、正しいことを行おうとする人物を描こうと思った。誰もがそうでありたいと思いながらだれもがそうはできない部分があるのでその部分では、彼らの行動は最高のファンタジーだ」と話し、理想を描いているという点で、そのような人物への思いをかなえるために物語の背景もそれに合わせて作ったということも言えなくはないだろう。作る側自身が、理想の主人公を引き立てるため、困難を作り上げているとも意地悪な見方をすればできなくもない。

「フィクションによって自尊心を回復することや、今の周りと比べて自分たちが勝っているということを確認するということは危険なことだ。」と書いているが、はて、その言葉のボールはどこに当たるのだろうか。




もちろんこのニュースはハンギョレが書いているので、突飛なところから批判しているようにも見えなくはない。なにをそこまで難しく考えるんだ?というコメントは十分理解できる。ただ、ドラマはドラマだろう、映画は映画だろうと思いつつも境界がぼやけていき、劣等感を消化する方法としては危険であるというのは一つの指摘になりえると感じられた。大衆文化であるドラマの中にはやはり大衆の心が全部ではないし正確にではないけど少しのスパイスが付け加えられ溶け込んでいるからこそ共感したり、批判したりできるのではないだろうか。
恋愛部分はありそうでなさそうでありそうな感じがしても何の罪もないかもしれないが、国民感情や国家感、民族意識というものをフィクションとごちゃまぜにするのは危険だというのは、私が日韓関係の問題について思うことを書いたときにも通じる。
ただ、このドラマは恋愛の部分ももちろん面白いし、この記事を書いたときはまだまだ前半戦。これからどんどん面白くなっていくと思うので日本に入ってきたら見てみてくださいね!

トップ画像は太陽の末裔第六話からのスクリーンショット。




 

感情を表すのがうまい韓国人なのになぜ両親の前では無言になるの?

PSY – FATHER (아버지)

お父さん、今になってわかりました
どうしてそんな風に生きてきたんですか?
これ以上寂しく思わなくて大丈夫です
これからは一緒に行きましょう

ラップ)おい、俺たちももうだいぶ年取ったな
一人目は社会に出たし、二人目は大学に入った
これからは家族で一緒にいたいけれど
自分は父親だから話しするのはなかなか難しいな
月日の無常さに涙が出るし
子どもたちは忙しそうだ
おい、おれはちょっと散歩でもしてくるぞ

一緒に行きましょう

なぜ、この歌が名曲か。
なかなか直接言えない言葉をこの中で聞けるからだ。
人がなくなれば大きな声で泣くし、思っていることを比較的よく話すと思う。しかし、両親の前では違う。
言いたい、けど言えない。想いはあるのに。

라디 (Ra.D) – 엄마 (Mom)

おかあさん こう呼んだだけでも なぜこんなに胸がくるしいでしょうか?
全部あげたいのにこれ以上あげられるものがないと嘆くあなたに 僕はいったい何を差し上げられるのでしょうか

でも、これをお母さんに直接言えるわけではない。
だから、歌になる。

Zion.T(자이언티) _ Yanghwa BRDG(양화대교)

上二つほど露骨ではないけどお父さんを待つ子供の気持ち

日本も亭主関白とか言ってた時代があるように、韓国も家庭では男の人は無口である傾向にあったようだ。
お母さんには軍隊に行ってくれば優しく声をかけられるのだけれど、父親だけは違う。
儒教思想によって目上の人には逆らえないし、厳格であるべきとか父も息子も「そうあるべき」ものにしらずにしたがっていたのだろうし、仕事で家にいないのも遠く感じる理由の一つであったっだろう。

最近では親子仲良く話すのがいいことだとされているし、そうしようと親世代も子世代も努力しているようだ。
日本でもそうだが、尊敬するのは両親です、の世代に入ってきている。もう、親よりも多い収入は見込めないから、親ってすごかったんだな、ありがたいなと思う時代になってきた。
韓国はもっと稼いでやる、親なんか追い付け追い越せだ!の世代もあったが、n放棄世代はそんな覇気はない。親を目の敵にするよりよく話し、味方であることを確認する方が生き残りやすい。

追い付け追い越せ世代が特に親との確執が多いように思うし、曲が染みる世代だろう。お互い敵ではないけど目の上のたんこぶのような。息子からしてみれば何かとうるさく、思うようにいかない部分があったり。それが若さが理由なら親には勝てないことを思い知らされて悔しい思いもする。
息子も苦労して丸くなったところで一緒に散歩にいきましょうといえそうだと思ったら、たおれたりして。言えなかった、とか。それぞれの想いを歌に重ねる。

親をおもってぎゅうっとなるのはみんな同じだ。大好きだよと言えるのもひとつの幸せだし、言えなかったな、と後悔するのも同じ愛情にちがいない。言葉にできなかった愛情を曲を通して確認するのだ。

Psyの歌が名曲であるということは、同じ想いを持つひとが韓国には多いということを表している。




日韓問題についてどう思うかと言われれば「言うことはない」

このウェブページでは何となく重い感じの記事となんとなく軽い感じの記事を書いているが、重いほうの記事についてなんでそんなこと書いてんのか?ってことを書いておこうと思う。興味ない人は無視してください。

      近現代は歴史として語ることは困難だ

韓国で酒を飲んだり、多少関係が深まれば出てくる話が慰安婦であり竹島問題。そこではもう自分が日本人代表であり、相手が韓国代表だ。私は政治をするつもりはないのでひたすら聞くだけで自分の意見は言わない。言えと言われても何も言わないよ、と。
私の立場は昔の日本人の子孫であるというだけだ。なぜ何も言わないのか。慰安婦はすでに政治領域だからだ。歴史という客観性を持つことは不可能だと思う。日韓、日中の間においては。

この時点でもう平行線になる。

政治(ゲーム参加者)と歴史(勝負の結果)は昔からそうであったが表裏一体である。半島に住む人が無知な島国の人に知ってもらいたい歴史には政治がべったりくっついているのでお話が一方通行だ。私には政治家の言っていることを繰り返すどおりはないし、(ゲーム参加者ではない)歴史を語る知識も資格もない。このことについて語れる人が存在するだろうか。

悪いことは悪いことだ、とか、人権侵害だ、という正義(ルール)の言葉の中にすでに政治の思惑が入っている以上、正義ではない(ルールとして体裁を保っていない)。でも、それは絶対通じない。それは加害者側の役割を任されたほうが言えたことではない(負けた側がルールについて文句をつけることは感情を逆なですることだ)。だから言える話がない。
これだけのことを正確に理解してくれることを期待するのも加害者側がすることではないと思い、無言になるのみである。

ここまでで「言うことはない」という意味の説明は終わり。

じゃ、私が見ているものは何か。私が興味があるのは彼らが話す正義の中にほころびや都合のいい解釈があることだ。それがわるいから興味があるわけではない。それが人間らしいからおもしろいのだ。それはもちろん島国に住む自分にもあるから反射することも多い。

記者や新聞社も欲があって慰安婦問題を取り上げた。そもそも日本からまいた種。それを朝鮮半島の南側の政治側がみんなでゲーム参加したらもっと盛り上がるぞ!と盛り上げた。みんなで歴史を掘り返したら楽しいぞ!と。朝鮮半島や大陸において祖先を大事にしようとか、愛国心とか、それらが持っている正義的な善と思われてきた正義(ルール)が暴走したり、実は違った現実がちらつくとすごく興味深い。島国に住む自分から見てだけれども、善ではない人間らしさを見てしまうとうれしくなってしまうのである。だって、それは自分もあるから。それは共通項なのだから。平たく言えば「えらそうなこと言ってるけど、結局やってることはひどいじゃん。」って部分は同じ。だって、みんな自分を守りたいって部分少なからずあるでしょ。

私の書く文章に悪意はないが、みていて気持ち悪い部分があると思う。自分もわかる。その気持ち悪さを消化することで「絶対に理解はできない」という前提の上で、多少日韓の理解につながるのではないかと思いこれを書いている。

「違う」ということは「間違い」ではない。でも違うということを理解したり自分の中にしみこませることはできない、理解しようとしたりしみこませようと能動的に動くのみである。そしてその度合いはもちろん人によって違う。だから摩擦が起きる。

      学ぶためではなく、知るために韓国に行った

半島に住む人から見れば、なんか方向性まちがってなくね?と思われると思う。なんか、韓国卑下してるように映るから。わかる。でも、そうじゃない。興味があるっていうのは好きの裏返し。韓国大好きだよ!気持ち悪い好かれ方だろうけど。
学ぶものがないという意味ではないのだけれど、私が行った頃はまだ「近いけど不明な国」だった。なんかよくわかんない!その思いだけだった。結局今は何もしていないし、その時学べたことも活用できてはいないけれど、それでも、ここに書いていることで自分を置いておけたらな、と思う。他人から見れば気持ち悪い自己実現だろう。重々承知だ。

読んでもらえないものも多いけど、それでも、自分はこう思うんだと。そんな思いで書いてるんだなぁ、とこれをかいて知った。自分気持ち悪い。




 

LADIES’ CODEーGALAXYとプロデューサー集団MonoTree

레이디스 코드ー갤럭시

無限挑戦のエンディングで流れていて、おぉ!これは好みだと思って調べたらMonoTreeの全面プロデュース曲ということで、結局この人たちの音楽が好きなだけじゃんという。LADIES’ CODEはメンバーの不慮の事故から二年ぶりカムバック。デビュー当時から実力派だったが今回のカムバックの音を聞けば音楽的に力が入っているな、と感じる仕上がりだ。で、このミニアルバムのプロデュースをしているモノツリーは事務所を関係なく幅広い事務所と仕事をしているK-POP職人である。레인보우 (RAINBOW)ー보고 싶다는 그 말도(会いたいという言葉さえも)、NU’ESTー티격태격、f(x)ー When I’m Aloneなどなど。




なかなか中毒性のあるステラの曲もモノツリーのメンバーGDLOが作った。(GDLOは中心3人には含まれないが所属はモノツリー)

このモノツリーという集団構成がなかなか面白い

作曲家ユジサン(G-High),ファンヒョン、イジュヒョンが中心となったプロデューサーグループモノツリー(MONO TREE)。この三人を中心に音楽制作者が10名ほど所属する会社だ。2014年12月に法人化、2015年2月に録音スタジオと制作スタジオを持つことになった。全世界に向けて拡大するK-POP市場を狙いよりシステムを強化していく方向だ。

音楽の多様性を確保し、それぞれが自分の色を出しながら一人の力だけでなくチームで曲を作っていく。このようにすることで、様々なアーティストの色に合わせて様々なジャンルの曲を作ることができるという。

K-POPは音楽の周期が短いのでたくさん作ることが必要だが、音楽制作を個人でなくチームで作りそのうえで個人の色をだしていくというこの方法は目から鱗だった。もちろん音楽というのが一人で作れるのもではないが、作詞作曲者はひとりでなくてもいいというのは確かにそうである。

メガヒットを出すことも大事です。だけどまた多くに知られていない歌手やイメージが固まってしまった歌手を変身させたいんです。自分たちが作る曲でその歌手がまた違うポジションをえることができたらそれは製作者として最高に幸せなことだと思います。だれもが好むような音楽よりは、アーティストにとって最高の曲になるようにと考えています。

このような考えはLADIES’ CODEの今回の音楽を聞くだけで納得がいく。これからもモノツリーの音楽に注目していこうとおもう。




私にとっては、マスタリングがbk! of Astro Bitsだったというのが一番の収穫だった。何年たっても聞きたい曲って変わらないんだなと思う。韓国人の中でもアストロビッツ知ってる人ごく少数だと思うが。
トップ画像はLADIES’ CODEーGALAXYミュージックビデオから。




 

韓国にとってのチョコパイ「情」とは

初めて韓国に行ったときオリオン製菓の情というチョコパイの駅広告を見かけた。そんなにおいしくもないお菓子なのにずいぶん大きい広告出すんだな、などとその時は思ったが、韓国にとってチョコパイは日本に比べ意味合いがずっと重い。今回は韓国のチョコパイに対する思いや政治的利用方法を紹介する。

韓国でチョコパイを売る会社は大きく分けてロッテとオリオンが挙げられる。ロッテは日本でも有名だが、韓国ではチョコパイといえばオリオン製菓のものを思い浮かべる人のほうが多いと思われる。そのオリオン製菓の「情」というお菓子の名前がまた、韓国らしい。ここでいう情というのは日本語で言えば、「思い、愛情」といった意味である。
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上の写真は韓国の海外文化広報院がハイチ地震の時に復興のために派遣された兵士が地域の少年にチョコパイを分ける写真である。
この時映っているのもオリオンのチョコパイだ。

軍にいたときはとてもチョコパイを食べたかったです。チョコパイの袋に書いてある情という言葉に理由があると思うのですが、軍にいると、家族の「思い」や恋人の「愛情」などがどうしようもなく恋しいときがあります。なのでそのチョコパイを食べると何となくその人々の愛情を感じ、またその人々と思いを分け合うことができるように感じるのです。チョコパイの「情」というメッセージには軍隊にいて愛する人から離れている寂しさを慰めてくれる力があります

急に軍という言葉が出てきたが、韓国人男性にとって軍にいるときに食べられる甘いものといえばチョコパイだ。入隊しても階級が上がれば軍隊内の売店でいろいろなものが買えるようになる。しかし、訓練兵のときはまだ軍生活にも慣れておらず軍のご飯以外食べられるものはない。軍のご飯は外の生活になれたものにはおいしいとは感じにくいようだ。そんな訓練兵にとって日曜日に行われる宗教行事は甘いものに接するチャンスである。訓練生時代そこに行くとキリスト教(や仏教でも時には)ではチョコパイをもらえるところがあるので、そこにたった一つのチョコパイをもらうために行った思い出がある人が多い。そして、甘いものに触れていなかった時食べたチョコパイの記憶はとても鮮明であるようだ。




このように韓国人にとっても意味深いチョコパイだが、北朝鮮に対してもチョコパイは戦略的に使われている。

開城工業地区は、韓国が出資し、北朝鮮の人々が働いていたところであることは周知の事実だが、北朝鮮の核実験によって事実上閉鎖になった。給与は韓国から北朝鮮の従業員に直接渡していたわけではなく、北の政府を通して渡されていた。核の開発費に開城のお金が使われていたというニュースの意味は、北の政府が給与のうちからピンハネし核開発にお金を使い、わずかな金額を北の従業員に渡していたということだ。北朝鮮政府はピンハネによって2014年で年間8000億ドルを儲けていたと言われている。

その開城工業地域においてチョコパイが配られていた。その理由は次を読んでもらおう。

開城工業地域に進出している韓国企業は生産性を上げるためにチョコパイを支給した。韓国企業から直接賃金をもらえるわけではない北の労働者に時間外労働をさせても、その分賃金が増えるわけではなかった労働者に韓国企業がインセンティブとしてチョコパイの力を借りる方法をとった。

このようにチョコパイは北朝鮮に向けても意味が大きかった。北側の労働者の発言を見てみよう。

「いくら一生懸命仕事をしたところで受け取るお金で家族を食べさせられないのなら、いっそのことチョコパイで給料をもらうほうがいい」という話まで出ている。理由は北で2000ウォンで売れるチョコパイを10個もらうだけで月給よりも多いお金になると考えているからだ。
また、「韓国がおやつとしてくれるチョコパイが私たちの生命線だ」と話し、食糧難を解決しないまま何十年前の為替レートで給与を与える北の国家を批判する者もいる。と北の情報筋が話した。

ちなみに月給は約8700ウォンだそう。このように、韓国のチョコパイは写真のように韓国の広報に使われたり、対北朝鮮への資本主義の象徴としても使われたりする。実はおいしさで言えば、ロッテのほうがおいしいと言われているが、それでもオリオンの「情」は売れている。2015年12月の売り上げは一か月だけで101億ウォンと昨年の同時期に比べても20%以上増加しているという。オリオンが売っているのはチョコパイだけではなく「人の心」そのものだと韓国人には感じられるのだろう。





 

アンチョルスから学びパンギムンで再び失敗しないために

やっとアンチョルスについて整理することができた。ちなみに、中に出てくる「ある第三候補」とは廬武鉉のことだと思われる。アンチョルスの黄金漁場もう一回見てみたいが、どっかにないかな。
アンチョルスのような人に希望を見出すのは別に今に始まったことではないのだけれど、なんだかやってくれそうな感じがあっただけに残念だ。
この記事を読んでやっとアンチョルスの三年間を振り返られた。今も「国民の党」というどっかの国とおんなじような名前の党を作りどうにかしようとしている。毎日ニュースには顔を出し、まだ話題はふりまいてはいるものの国民の支持を再び得られるかどうかはわからないが、記事を読んでみると難しそうだ。

      アンチョルス旋風は終わった

アンチョルス旋風の物語は終わった。2012年に時代の希望をかなえられる候補だと思われ、華麗に表れたその人は朴槿恵の人気を押し下げられる唯一の人物であると考えられ、国民的な支持を受けた。しかし年月が過ぎた今、彼は一ケタ台の支持率であり次期大統領選の有力候補とはいい難い存在になってしまった。

一時期、韓国の政治を変えてしまう彗星のような存在に思われたアンチョルス、そして、アンチョルス旋風が夏の一夜の夢のように短い物語に終わってしまった理由は何か?アンチョルス旋風が物語として終わってしまった理由は2つある。斬新な候補であるという外面的な要素にとらわれ彼を支持した韓国国民の未成熟な判断、そしてそのような国民的期待に応えられなかったアンチョルス自身の問題

ある第三候補がそうであったように、前回の大領選挙の際の斬新的な候補として人々の心をつかみ高い支持を受けた。しかし、実際には彼がどんな考えの持ち主なのか、国民たちにどんなビジョンを見せられるのか国民は分かっていなかった。アンチョルスの考えがわかる本が大統領選挙を目前にした時期に発売され、アンチョルスの考えを知りたい支持者たちに瞬く間に広がったことは、これをよく示している。人々は彼を支持しながらも彼の考えを知らなかったということだ。なんと悲劇的な話だろうか。どんな考えとビジョンを持っているかもわからない人物に対し、そのイメージだけを信じ大統領という重責を任せようとした軽薄さ。そのうえ人々は「アンチョルスの考え」を読んだ後も彼の考えはよくわからないとまで話した。それでもイメージを信じ彼を支持した。
このように前回の大統領選のとき韓国国民は彼の考えではなくイメージで彼を応援した。支持者たちは未熟であり甘く見ていた。彼の支持者や野党を応援した人々は当時朴槿恵の支持者に彼女のイメージのみを見ているだけだとか、彼女の父を思い出して彼女を支持しているのだと批判したが、アンチョルスの支持者もまたその批判に無関係ではなかった。

      アンチョルスの党離脱、そして変わった世論

アンチョルスは大統領選後に国会議員になった。国会議員になり第一野党の共同代表になり、人々はやっと彼の考えが何なのかそして、彼のリーダーシップははどんなものかを確認する機会を得た。その結果は前回の大統領選の時とは全く違うものであった。想像とは違い現実は甘くなかった。彼は無能であったし「新政治」とは単なる言葉にすぎず、蜃気楼のようなものであることが明らかになった。そしてアンチョルス旋風は自然と弱まった。彼に対する支持も弱まった。
そして、彼は2015年末に新政治民主連合から離脱した。この時の状況を見てみると、彼の失策は明らかである。これまでの動きもそうであった。彼は新政治民主連合を革新しようという自分の思いをムンジェイン代表が受け入れてくれないと党を離れたというが、問題は彼自身にあった。彼はこの間党内の革新のための革新委員長職を拒否し、人材受容委員長職も断っていた。文(ムンジェイン)ー安(アンチョルス)ー朴(パクウォンスンソウル市長)の連帯という事実上の共同代表システムも拒否した。彼にとって革新とは革新委員長を引き受けたり他の責任ある職務を引き受け党の変化を推進することではなくムンジェイン代表をやめさせることだけのように思われた。
彼が党を離脱した後様々な批判が飛び交うのは前回の大統領選の後の雰囲気からすれば全く異なるものだ。3年の間に多くのことが変わった。彼が党を離れることは彼が野党の分裂を引き起こし4月の総選挙においてセヌリ党が大きくかつ基盤を作ったことになると批判した。そのうえセヌリ党のスパイではないかという話まで出た。彼がまた「撤収」(名前のチョルスと韓国語発音が同じ)したとか、自分の政治力への欲望のせいでこんなことをしでかしたという批判もある。このような批判にすべて納得はできないもののこれまでのアンチョルスの行いはそう言われても仕方ない部分はあるだろう。




      アンチョルス旋風をただの物語として終わらせてはいけない。

アンチョルス旋風はすでにストーリとして終わった。彼に大きい変化がない以上前回の大統領選のような支持を受けることは難しいだろう。この物語が終わりに差し掛かった今韓国国民はどんなことを学んだだろうか。この物語をただの物語として終わらせてはいけない。物語がただの物語として終わるだけでどんな学びもないとすればそれは何の意味もないものになってしまう。
このことから学ぶべきは、斬新なイメージだけでその人に関して何もわかっていない、その人の考えすらもわからないような人を支持することは危険であるということだ。振り返ってみれば韓国国民は第3候補という人々をその斬新さだけを信じ支持していた部分がある。その結果失望したことが多かった。そして今も次の候補として比較的斬新だと思われるパンギムン国連事務総長を支持する人々が少なくない。彼が政治に関して、また韓国が進むべき方向に関してどんな考えを持っているのかもっわからないままにである。彼の考え、ビジョンがわかった後支持しても遅くはない。失敗は一度でいい。
何はともあれ、次の選挙で韓国国民は「アンチョルス旋風」を通じて何を学んだのか確かめなければならない。物語から何かを学んだとき、その分だけ韓国政治は成長することができる。




Mp3一曲ダウンロードでミュージシャンには3円、韓国のデジタル音楽配信サービスの真実

韓国の音楽流通はCDとデジタル音楽配信サイトが主。その中でも韓国系音楽配信サイト(メロン、M-netなど)が有力です。なぜなら安いから。だいたい1000円で150曲とかダウンロードできるんでそりゃ使いますよ。メロンの合併の話でも書きましたが、韓国のデジタル音楽の流通は携帯電話会社が中心でした。しかしデジタルが進むにつれ違法コピー違法ダウンロードが蔓延しました。そのせいでこれらデジタル音楽配信サイトは値下げをし、多くの人にお金を出すことで音楽を楽しんでもらう方法を模索しました。最近ではその考えも浸透してきたように思います。(が、まだ違法ダウンロードがなくなったわけではありません。)しかし、お金を出して音楽を買うところまではいっても制作者側に流れるお金があまりにも少ない。ミュージシャンへのお金を削ることで流通と著作権協会が腹を膨らます現状。題名の通り最も人気のある音楽配信サイト、メロンで人気の150曲千円コースでダウンロードされた場合、制作者にはいるお金が約3円ということです。インディーズバンドの人が音楽配信サイトからの振り込み明細を公表し、明らかになりました。(他のサイトや料金制の一曲単価が高いコースで買われるとその分収入が増えるそうです。)

韓国ではitunesは全くもって人気がありません。デジタル初期には韓国独自のmp3プレーヤーが人気でしたし、ipodが出てもiriverが人気だったのでファイルをそのままプレーヤーにいれただけでした。itunesで音楽を管理するという考えは広まりませんでした。新しい曲が出たらファイルを入れ換えて古い曲はサヨナラ、もしくはコンピュータに残るだけ。

韓国にもアップルはありますがどうやらこの音楽配信業界に入り込むには障害があるようです。
一つは海外の事業が入る際に政府の承認が必要であるということ。国内の企業を脅かさないためにもアップルのような大きい会社が何もなにしどかどか入っていくことは難しい。
二つ目に著作権協会との契約が必要だということ。これは日本の感覚でも通じますね。

少し翻訳を。

政府は国内市場を混乱させ驚異となる可能性があるという理由でアップルが韓国国内におけるデジタル音楽配信事業を認めていないようだ。公式な話ではないが何人かから聞いた話によると、収益の分配率と商品構造が国内の実情とかけ離れているという理由で承認が下りないようだ。つまり、ミュージシャンに分けすぎということと変わらない。あくまでも予想であるが。

音楽ストリーミングサービスのアップルミュージックも韓国ではまだサービス外なことを考えても上の話があながち嘘ではないことがうかがわれます。

2000年代の主力商品は携帯電話の呼び出し音、電話がかかっているとき相手に聞いてもらう曲、サイワールドのbgmであり、流通マージンが大きく収益が大きい部分がありました。しかし、一旦不法ダウンロード時代を経、スマートフォン時代になりダウンロードが楽な音楽配信サイトに人が帰ってきたものの、人を呼び戻すため、そして、安さ競争のためよりやすくなったmp3。この状態にしたのは結局政府であり著作権協会であり、メロンその他のデジタル音楽配信サイト。この3つが困らないように音楽配信市場を作ったせいでミュージシャンたちは正当な対価をうけることも対価を得ようとitunes music storeなどの他のプラットホームを模索することも難しい状態であるといえます。

アイドルは音楽をうって儲けているのではなくテレビ出演やコンサートが儲けの主流です。前回SMの新しい試みについて書きましたがこれを読むとSMが韓国のデジタル音楽配信サービスの構造の中で戦おうとしている重みが変わってきますね。(SMのことですから絶対に負け戦はしないでしょうが。)

何しろ音楽で生きていきたい人の夢を摘んでしまうような構造は残念ですが、いい音楽が市場で評価を受けてほしい思いでいっぱいです。音楽にもお金だそう。

参考サイトhttp://www.ddanzi.com/ddanziNews/2349484

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