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韓国の政治宗教化と韓国人にとっての理想の政治家とは

カールマルクスは「宗教は人民のアヘン」であると話したが、結局はアヘンである宗教は共産主義ではなかったか?世界での共産主義革命と集権の中でおこった残忍な殺害や人権の蹂躙は、宗教的な信念に侵されないでは起こりはしなかったことであろう。

政教分離の話じゃなくて、政治が宗教的な面を持つという話。

理念の宗教化は政治の宗教化につながらざるを得ない。宗教化された政治もまた狂信に陥ってしまう。しかし、このように暗い面だけがあるのではない。驚くほどの献身と連帯と結集をなしとげられるという面もある。韓国の民主化闘争がまさにこれにあてはまるだろう。反独裁闘争から民主化のために戦った人々の自己犠牲と献身は宗教的といってもいいだろう。彼らのおかげで今の韓国が民主主義をうたっていられるのだ。

韓国の「民主化以降の民主主義」体制の今も政治の宗教化には変化がないが、これは果たして望ましいことなのか疑問である。切迫した状況ではなくても切迫した思いや狂信のもと善悪の二分法で見ることは相手側との疎通それ自体が不可能になるためである。今の韓国の政治の問題はこのような「疎通の不能」のようなものではないだろうか。

現在のセヌリ党内部で広がる、どの朴派に所属するのかという問題は民主主義の原理に基づく政治的な行為であるというよりは指導者を教主に据える宗教的行為に近いといえるだろう。

韓国は「政党民主主義」国家というよりは「指導者民主主義」であるということを意味する。

はじめは、朴槿恵大統領への支持をもとに「親朴」と「非朴」が存在したのだが、その後はじめから朴派だった、途中から朴派になったなどと細分化された。親朴よりもより忠実な親朴だという「真朴」などもでてきた。これらは結局党内において自分が一番朴槿恵大統領を支持しているという主張をしあっているだけである。

韓国人が今度の選挙人を選ぶ際に重要視することを見てみるとより表れている。

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道徳性32.2% 公約政策28.8% 経歴能力20.6% 政党11.4% 理念4.3%

の順になる。道徳性その人が正しいことをするひとか正しくないことをするひとかということで決めたいというのである。まさに宗教的であるといえるだろう。
しかし、選挙に出る人は、権力志向があるだろう。結局党内でやってることは派閥争いだし、選挙に出る人は(もちろん全部ではないだろうが)権力争いだし、国民が求める道徳性と政治家たちの権力とはそもそも全く違うものなのかもしれない。

それでも、正しいことを正しいといってほしいというのが政治家に求める韓国国民の思いなのだ。