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2PMチャンソンがツイッターで言及した韓国社会の問題とはなにか

가부장적 억압 덜 받았던 2030여성 분노 더 큰 이유는
江南殺人事件から一週間くらいたち、犯人による現場の実況見分が行われ、大手メディアは会見に臨んだ犯人を悪く言うためのニュースばかりを垂れ流している。前回紹介したような韓国社会はどう受け止めたのか?という記事は弱小メディアや今回紹介するような反体制メディアからしか出てこない。残念だ。
ハンギョレで「家長制度の抑圧から解放された20代30代女性の怒りの反応が大きかった理由」という記事を見つけた。以下内容をまとめてみる。


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2PM チャンソンがtwitterに投稿したニュースのKOREAL的解釈

ふと思ったんだけど、ジョージオーウェル先生はやっぱりすごいんだなって思った。

2PMのチャンソンさんが社会的なことをtwitterにあげていたので自分の解釈を含め書いてみます。
ジョージオーウェルに関してはレビューだけでいいんじゃないでしょうか?正直長すぎですし、興味ない人には苦痛で仕方ないと思います(笑)

なんであがらないんだろう?(なんでニュースで取り上げられないんだろう?話題にならないんだろう)

      正しいものは正しいのだといっていい

幸せは成績順なんかじゃないんじゃないですか?私はその成績順という枠にとらわれてその中でもがき苦しんで生きていくことを軽蔑します。

私は韓国の今の一番の問題点は、君主(政治家)には正しいことを求めるんだけど子供にはずるい手を使ってでも勝てという矛盾だと思うんですよね。この点は日本とは違うかなって思うんです。日本では、生きにくい社会になればなるほど消費を少なくしむしろ真面目に生きて正しさを実践しようと没個性になっていってそれはそれでいいことでもなさそうだけど。韓国の本音は正義はかえられねばならないと思っているのに建前である「うまくこなす」ことだけをもとめるんですよ。それってやっぱり本質でなくて。正しいものは正しいという本質を教えたうえで建前に行けば、勉強も受け入れられるかもしれないのに。韓国の若者は学びに正義が不在していることがわかってるから窮屈でしかたがないんだと思うんですよね。だからむしろ反動で勉強を、そして生そのものを完全拒否したりする。映画の題材の子のように。

      韓国人の理想像は正義と権力を兼ね備えたスーパーマンである

勉強ができる人を人格者ととらえる儒教文化の影と試験結果がよいことを「成就」ととらえる近代的能力主義が韓国人の生活に大きく影響を及ぼしている。『差別に賛成だ』の著者である社会学者オチャンホ博士は「韓国の社会が西洋とは決定的に違う点は急激な経済成長において質的な成長を望むのではなく個人的な何かを成し遂げた人のことを「良い」と考える文化があること」であると話す。

私のブログの韓国政治の宗教化でも言ってるんですが、韓国は歴史的に君主の理想形として権力と政治が両立するんですね。王様は勉強(教科書をまる覚えすること)と民のことを思い政治を行う。この理想像は韓国人の共通イメージなんですけど。現代は国民のほうを向いた政治とは程遠くて、それに失望している状態、そして社会全体にその失望がひろがっている。
で、それが勉強勉強の現代とどう関係があるのかと言えば、朝鮮時代から続く科挙試験なんですが、これは実によくできた制度で科挙に合格することで人生一発逆転できた。この制度は朝鮮において「勉強できれば勝ち組になれる」の源流あると思うんですよ。勝てばそれが正義じゃないですか。社会的地位、権力。

この記事に出てきた「幸せって成績順じゃないでしょ?」という言葉だけど残念ながらもとからそうだったと思うんですよ。今に始まったことではなかった。朝鮮時代風に言えば現代が「総科挙受験国家」になったということだと思うんです。日本では専門学校が担当する職業訓練にも受験という文言がつきまとうし。具体例でいうとお笑い芸人などの一部芸能分野も大学の芸能学科や放送学科にはいり、テレビ局付きになりるという、「大学からお笑い芸人への就職」という道がある。(給与は一般職とはことなるし認知度が上がると事務所にはいる。)

学力が高いほど全体的に生活に関しても自身の職業に関しても満足度が高かった。全体平均の31.1%をおおきく上回った。(中略)似通った満足度は「4年制大卒業」を境に段階的に大きく下がっていく。専門大卒35.1%、高卒28.8%、中卒23.1%であった。「自分の職業に満足している」の設問に対しては上位圏大学出身者は47%で全体平均の23%の2倍である。高卒の満足度は19%であった。2000年代中盤においては4年制大というラインが幸せの大きな壁であった。

ただ、階級社会でなくなったとはいえ総科挙社会なので結局受かったものと受からなかったもので格差が生まれる。4年制かそうでないかで分かれる、「幸せの壁」。

西洋的な個人主義と個人の努力で試験に受かれればランクアップできる朝鮮の制度はよくマッチしたんだと思うんですよね。そしてその頑張りによる報酬がでかいのでやるしかない、と。朝鮮時代では受かったものとそうでないものであきらめもついたんですが、現代では、すべての国民がよくいきたいと思っているのにかなえてくれない政治がわるいんだ、となるわけです。不満を持つ度合いが島国の我々から見て高く感じるのは韓国人の理想の君主像(正しい人格を持った人が正しい政治をする)からもあたりまえのことだとおもうんです。だからこそ政治が、勉強の本質についてもっというべきだとおもうし、そのように変えられるところはかえればいい。実際は競争社会であれ。(主力勢力がやろうと思っても足を引っ張るのが反対勢力だということには注意。批判先はどこか。参照

「1位なんて嫌なんだけどな」「夢があるんだけどな」「私は友達がほしいのに」この言葉はお母さんが嫌いな言葉だよね。私にいつも手段や方法を選ばないで勝ちなさいと話したお母さん、友達とは遊ぶな、と悲しい言葉ばかりおっしゃるお母さん。矛盾してるけどその人こそ自分を15年間育ててくれた大切なお母さんです。

ただ、上にもある通り、儒教的に逆らえないのが両親、教師という存在。子どもにとって、支えてくれる存在であるどころかプレッシャーを与えてくるのが彼ら。子育てにおいてお父さんお母さんは見守る立場でいましょうなどという優しさはないわけではないだろうが、父権的で逆らって理論的につぶしにかかろうものならその先はご想像にお任せします、だ。正しいことは正しいといいたいのに、絶対的に正しい最も身近な存在がそもそも見方でないというのは若者にとって絶望だろうなと思います。






 

以下にニュース本文の抜粋を載せておきます。後半の具体的な紹介は力尽きました。すみません。

「1位なんて嫌なんだけどな」「夢があるんだけどな」「私は友達がほしいのに」この言葉はお母さんが嫌いな言葉だよね。私にいつも手段や方法を選ばないで勝ちなさいと話したお母さん、友達とは遊ぶな、と悲しい言葉ばかりおっしゃるお母さん。矛盾してるけどその人こそ自分を15年間育ててくれた大切なお母さんです。幸せは成績順ではないものじゃないですか?私はその成績順という枠にとらわれてその中でもがき苦しんで生きていくことを軽蔑します。

1986年1月15日にソウルの女子中学生が友達に手紙で遺書を残してマンションの屋上から身を投げた。全校1位にもなったが幸せを感じられなかったある中学生の死は社会に大きな衝撃を与えた。この事件は映画化され「幸せは成績順じゃないじゃない」という映画が作られ、「インディアナジョーンズ」を抑え1位を記録した。

1989年に全国教職員労働協会の発足、真教育運動の契機になった。しかし学閥(良い大学を出ることによる社会的地位)はなくならなかったし、in seoul(インソウル:よい大学がソウルに集中していることから。ソウルにある大学を指す。)、地雑大(地方にあるインソウル以外の大学を指す。)など大学の序列を表す表現は多様である。Orbis Optimusなどの受験生用情報共有サイトが現れ始めたのもこの時期だ。このころの10代が30年前の10代とは異なり競争の価値を内面化したせいだろうか。でなければ、韓国社会において幸福は成績順でないという前提ははじめから間違ったものであったのだろうか。

2月17日にソウル大学で開かれた経済学共同学術大会において、キムヨンチョル祥明大金融経済学科教授は学術研究論文「幸せは成績順ではないじゃないか?:学力(学閥)の非経済性効果の推論」において「名門大学卒業であればある程生活の満足度が高い」と発表した。いい大学を出れば、生活における全体的な満足度が高いということである。

キム教授は成人9997名を対象に調査を行い韓国労働パネル調査(KLPS)7次年度(2004年)の資料を基に分析した。これによって生活満足度と学力・出身大学などの相関関係を調べた。学力は入学時平均成績を推測し上位圏大学(10大学)、中・上位大学(30大学)、中位圏大学(40大学)、その他の4年制大学、専門大学、高卒、中卒以下に分け比較した。

学力が高いほど全体的に生活に関しても自身の職業に関しても満足度が高かった。全体平均の31.1%をおおきく上回った。(中略)似通った満足度は「4年制大卒業」を境に段階的に大きく下がっていく。専門大卒35.1%、高卒28.8%、中卒23.1%であった。「自分の職業に満足している」の設問に対しては上位圏大学出身者は47%で全体平均の23%の2倍である。高卒の満足度は19%であった。2000年代中盤においては4年制大というラインが幸せの大きな壁であった。

収入が多いから当然安定的な生活ができ満足度も高いのではないか。名門大の卒業証書が就職において有利であり「給与プレミアム」の役割をするというのは早い時期からあった研究であった。『韓国教育』33号に掲載された「大学の序列に反する経済的収入分析」においても2000年代中盤において上位圏10大学の卒業者は100大学の卒業者平均よりも23%多い給料をもらっているという分析があった。しかし、キムヨンチョル教授の研究結果からは「給料」の差だけではないことがわかる。キム教授は所得と職業上の職位が同じであると仮定して主観的な満足度を比較した。(数字略)つまり、同じ給与をもらったとしても、良い大学を出ればより幸せを感じるということである。