映画アガシ(お嬢さん,아가씨)感想:韓国のゆがんだ性と成功への欲望

映画のネタバレなしに感想を書く自身はないので、嫌な人はバックしてくださいませ。



 

で、一度見た感想は、「性進国日本と卑下しながらもそんな日本の性文化に百倍関心があって、変態日本よりももっと変態な韓国(朝鮮)」という感想でした。

 

ヒデコやスッキ(オクチャ:日本語式名タマコ)のレズシーンばかりが話題になってはいますが、ヒデコの周りの男は変態ばかりだし、スッキにしてもヒデコの美しさにはじめからやられちゃっていたので、そうエロイなとは感じず、ヒデコもスッキも「詐欺師が愛なんてできんのか?」と言っている通り人間不信な二人には性を超えたものがあるんだろうなと感じられました。性的なレズの描写というより、お互いにさらけ出せたり気持ちを正直に表せる信じあえる人に会えたというような喜びだったように感じてそこまでウワァ感はありませんでした。私個人の感想ですが。

 

フジワラ伯爵にしても、自分がほしいのは金だとはっきり言えるのはすがすがしい。そして美しいヒデコに触れてみたいと欲求に任せて動くのも実にすがすがしいと思う。彼にはあまり変態さがないけど、成功へのあこがれっだたり、最後にいちもつは守れたというアイデンティティは大したものだと思う。成功したい、男という自分を守りたいというそういう人間臭さは、現代の韓国人にもあるなと思いました。(韓国の感想には、フジワラは男性優位の象徴だ!と書かれていますがね)

 

よっぽどウワァだったのはエロ本を朗読させる変態オヤジ(コウヅキ)です。そしてまた、日本の貴族たちのあほらしい恍惚とした表情がまぁ、ひどい。貴族としての表の顔とは違って日本のちょっと特殊な性文化に対して隠れながらも心をわしづかみにされている。フィクションと現実の境目が何となくぼやけているコウヅキ家の作り。コウヅキの家そのものがエロの劇場であり、その道具として自分の妻にエロ朗読をさせたり、後ろ盾であるという位置を利用してヒデコにもそれを強要するという変態野郎。彼が一番ねじ暮れ曲がっている。まさに韓国の現代のエロそのもの。

 

ただ、コウヅキの外国(その中でも日本)へのあこがれを素直に表現している点はすがすがしいと思いました。日本人と結婚して日本のエロ本を読み、日本は美しいと言い切ってしまえるのは、すごい。現代の韓国が持つ日本をはじめとしたいわゆる先進国へのまなざしはうらやましさ半分、妬み半分でよじれるだけよじれているのを思えば、好きなものが海外の変態本とはいえ、いいものはいいといえるその姿勢はすがすがしい。その点においては気持ちのいい変態だなぁ、と。

 

いいものはいいとも言えず、日本のアニメやエロに触れて、卑下しながら内心あこがれているというのよりは、全然すがすがしいと思うのですが、変態だしグロいのでその部分までいいと言っているわけではありませんよ。

 

この映画は残忍な表現は確かにあるけど、みんな人間臭くて自分に正直だから、ゾワゾワしなくていい。登場人物を憎悪しなくてよくて、見ていて辛くはなりませんでした。コウヅキの残忍さも藤原伯爵に対するものは自業自得だったから見たくはないけど理不尽な暴力ではなかったし、ヒデコに対する変態行為もスッキと結ばれたことで救われたので、後味は悪くなかった映画だと思います。なにしろヒデコとスッキが美しい。




 

日本に対してもですし、性というものに関してもですし、表と裏では違うのが韓国です。よく日本のことを何考えているのかわからない、本当の心が見えないなどと言いますが、韓国もそういう部分はあります。そして、まるで善の部分が本当の姿であるかのように、そうでなければならないという風にふるまいますが、裏ではもっと汚らわしくてねじ暮れ曲がった思いが渦巻いているのです。性的なものを毛嫌いしながら、もっとも好きで興味があるくせに、そういうものは遠くに置くべきだと息をするようにうそをつきます。日本のAVを一番見ているのは誰だと言いたい。本心を見えなくする日本文化よりもよっぽど裏表を使い分けている、詐欺師のように、と毒を吐きたくなってしまいます。

 

ヒデコのように、「私はあなた(スッキ)が心配だ」と素直に言えるのは、愛の対象が同性であれ拒否感は感じられませんでした。しかし、コウヅキがヒデコに性器の名称を読ませたり、エロ本を読ませたりするのはすごくねじれているなと思います。ただ、素直に女性に触れればいいものを。コウヅキの変態さは、ヒデコとフジワラの情事のことを聞きたがる点に集約されていましたね。ねじ曲がった欲望。性に限らず。

 

わざとでしょうが、性器のよびかたもわざと卑猥にしています。日本人からすると、なぜわざわざそれを選んだ?と思わざるを得ない単語選択です。男性器はち〇ぽ、女性器はま〇こ。どれだけ日本のAV好きなんだよ、という単語選択だな、と。自分の欲求を押し付けるだけのコウヅキの変態さにはゾワゾワするばかりでした。監督の韓国の性に対する卑猥さを日本語単語でも表しているんだろうなと思います。


 

が、映画を見た観客にはどう映ったのでしょうかね。男性にとってはただのエロ映画にしか映らないのかもしれません。ヒデコの朗読を聞くコウヅキや日本の貴族のように、結局そこが印象に残るのでしょう。ありふれたAVのひとつ。韓国人女性であるならば、男性の男性優位主義を表している映画。日本の文化背景を持つ私には、「韓国男性の現代の」ねじまがった性への欲望と詐欺師のような偽善の姿を見て取れました。

 

ヒデコやスッキはおかれた状況が特殊過ぎたのであまり韓国女性の姿を見るのは難しいかな、と。

最後に、日本語に関して。正直日本語のセリフは韓国語字幕なしにはすべて理解するのは難しかったです。日本公開するなら日本語セリフに日本語字幕が必要?かしらと思うほどところどころ聞こえなくなりました。下手ではないんですが、ヒデコが日本人だというにはちょっとたどたどしかったけど、小さいときに朝鮮に渡った設定だったし、そのたどたどしさがまたエロさをアップさせる演出だったのかなとも思いました。



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