SJシウォンの犬事件が韓国のペット社会に与えた影響

 

ファンの皆さんからすれば犬が人を噛んだぐらいでシウォンの活動に影響が出るのは残念でならないという感情を持たれるでしょうが、今回の事件が韓国社会に与えた影響は、まだまだおさまっていません。ペット社会とペット社会に接せずにはいられない多くの韓国に住む人の心理に影響を与えました。






日本もペット文化先進国に比べればまだまだ至らない部分があるとはいえ、ペットを飼う人のエチケットの意識や狂犬病に対する知識の浸透率は高いと言えるでしょう。しかし、韓国では犬をペットとして人と共に生きるものだという意識が比較的低いといえます。残念ながら犬が韓国語のスラングにも使われることからもわかるように「レベルの低いもの」と捉えられうる可能性は日本に比べ高いと言えます。

 

2017年12月1日にEBSで放送された「世界に悪い犬はいない」という番組では、シウォン家の犬の事件後、犬を飼う人々が感じる事件前後の視線の変化について扱われました。

 

今回のシウォン家の犬の事件からも、シウォン家のしつけが悪かったという認識よりも犬という存在そのものがペットを飼っていない人々には害なものであり、すなわちペットを飼う人は害である、よって悪態をついてもよいというように歪曲されて解釈される状況を招来してしまいました。

 

つまり、番組では直接言及されていませんが、シウォンのことも結局人殺しの犬を飼っていた人物として、世間の人々が非難の対象にしてもよいと考えているということがわかります。また、犬を飼っている人々にとっても、一件のことをよく思っている人は少ないだろうと推測できます。


 

街で犬を連れている人に対し、あからさまに悪態をついたり、散歩の仕方に不安がある場合などにそれを見た人が犬に直接けりなどの危害を加えるという争いも起きていると言います。

シウォン家の犬と同じや似たような種類の犬を飼う飼い主に「人殺しの犬と同じ種類だ」などといわれたという話もこの番組内では紹介されていました。

 

大型犬に対しても偏見が強いと言い、ある自治体では15キロ以上の犬に対し口輪の使用を義務付ける条例の策定を推進するなど、犬の特性を全く理解していない決まりなどが制定されるくらい今回の事件が与えた影響は広範囲に及びました。

 

シウォン家の事件は韓国内にあるペットを飼うためのエチケットを守らない飼い主と犬に対してこころよく思っていない人々の間に溝を作りました。そして、韓国特有の精神の構造である、悪者に対しては悪い態度をとったとしても正当化されうるというめんどうくさい思考回路も相まって、エチケットを守りながらペットを飼っている人々が肩身が狭くなるような状況が形成されるに至りました。

番組では、事件前では表面化しなかったような飼い方であっても、もともと人々を不安にさせるような散歩の仕方やしつけ方法であるならば、ペットを飼うにふさわしくないということだと、ペットの訓練士であるカンヒョンウクは話します。






 

確かに、今回の事件は、韓国のまだ発展途上であるペット文化という部分が浮き彫りになる形になりました。そのことは、ペットを飼う人がまずきちんとしつけていくことや、病気についての理解を深めることが必要でしょう。そして、ペットを飼わない人の理解度も高めていく必要性があるとは思いますが、これは正直なかなか難しい問題だろうなとも思います。もともと、犬や猫に対する偏った考え方もあり、そのような偏った考え方は言語にも表れるくらい根強いものであるとも感じられるからです。

 

韓国のペット人口は急激にふえていますが、都市部の人口密度の高さなどを考えても、誰にも迷惑をかけずペットを飼うことは難しいのかなと思います。ペットを飼っていない周りの人々に理解してくれ、ということ自体すでに迷惑になっているのかもしれまん。そうなれば解決方法はペットを飼う人一人一人にかかっているのですが….

 

このような状況なので、SMがシウォンを大きな活動に露出させていくのは得策ではないと考えるのは最もです。シウォンは悪くない、法的にも責任はない、とファンは簡単に思うかもしれませんが、やはり事件にかかわった犬に関係があったということは人々の印象に大きく作用しています。悪口が大きい韓国だけに、マスコミなどへの露出はできるだけ今は避けていたい、というのが事務所の考えでしょう。どうせまた芸能界で大きい事件が起きれば忘れられます。ただ、時を待つのが得策でしょう。

 






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