韓国無償給食政策は福祉・経済両面から愚策だ

韓国がコロナによって休学になったため給食で使えなくなった野菜を学生に配るという政策に対しTwitterで、礼賛するコメントを見て、韓国左派は日本でも工作しているのかなんて思いましたが、日本自体にポピュリズム的動きが出てきているのだろうな、と思って見ています。休校による給食の野菜の行き場所と無償給食制度の評価は別です。無償給食政策は福祉政策なんかじゃなかったし、ポピュリズムの象徴に利用されただけの愚策だと評価されるべきです。

無償給食問題は今でも全国一律に整備されているわけではなく常に予算によってストップがかかるあやうい福祉です。元々無償給食はソウル市が始めようとしたものでした。当時のオセフン市長は市民投票で無償給食賛成が多いもしくは市民投票自体が成立しなければ辞任することになってしまいました。無償給食を議会で追及していたにも関わらず、左派は棄権を市民に勧めて、市民投票を不成立に持ち込み、オセフン市長は辞任しました。その後は2020年の今まで進歩派の朴元淳が務めています。進歩側と教育監は政治的な目的で無償給食をイシュー化し、オセフンを辞任に追い込みました。オセフン元市長時代から経済的に貧しい世帯には給食はもともと無償で提供されていました。議会では無償給食の対象を広めることで、進歩派と妥協を探りましたが、一律無償の声に負けてしまいました。

進歩派は、経済的貧困家庭の子が恥ずかしさを感じないように給食は一律無償にするべきだという論調でした。しかし、貧しい家庭からしてみれば、一律高い制服を買わなければならないほうが経済的に苦しいです。貧しい家の子は給食で違いが分からなくても、持っているものや服装でひしひしと感じているわけです。給食だけに一律を求めるのは政策論理的に無理があるものでしょう。これは、合理的配慮の考え方からみても富めるものと富めないものの差が縮まらないという意味では、配慮として不誠実なものと言えるでしょう。

また、無償給食は、財政に大きな負担になりました。進歩派の政局になり、福祉自体が全体的に無償化された部分が多くあり、給食の予算がそもそも組めなかったり、食事の質が下がってしまう自治体も出てきました。ホンジュンピョ(保守系)が慶南知事だったときには、財政的にひっ迫しており、債務の返済をし、自治体の経済的健全化を進めているときに無償化が国から出てきましたが、国の負担割合が少なく、自治体では、賄いきれないとし、無償給食から離脱した時もありました。

保守派も経済的に難しさを抱える家庭に一切の補助をしないと言っているわけではなく、かねてより補助を行ってきていました。そのためにも予算を割いてきたわけですが、このようなわかりにくい政策はポピュリズム思考が進んでくると受け入れられにくくなります。合理的に、財政的な妥協点を探りながら、政治を進める事よりも、結論ありき、手続き抜きで話が進められるようになります。

もう一つ、無償給食に割かれる予算が大きいせいで、学校への予算も縮小されました。5Gの世界最速の通信環境がある韓国であっても、日本よりははるかにすすんでいる教育インターネットのインフラ整備は及んでいない部分があります。それだったら、今回のことで見直しし、そこにお金を使うこともできるわけです。教育のイシューで無償給食だけを叫ぶことは教育への予算の使い方を論議しにくくしているのです。

日本とは違うところからスタートしている無償給食制度ですので、それ自体を礼賛するのはあまり意味のないことです。

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