仁川国際空港公社の保安職員を非正規職から正規職へと転換する政策…何重にもある問題点を整理

ムンジェインは大統領になった直後、空港を訪問した時に非正規職をなくすと話していました。その時の言葉を実現させるために、インチョン国際空港の保安要員1900人を正規職に転換すると発表し反発が起こっています。

この反発は主に二か所から。

一つは、就職を準備する立場から。保安要員が正規化すれば、しばらくの間インチョン空港の仕事に関して一般採用が絞られるのでは?という不安から来る反発です。インチョン国際空港は公社で安定した職のため希望者が非常に多く、競争率も高い職場です。TOEICの必要とされる点数は970点と言われ、大学卒業後も就職を準備するために勉強を続ける人々も多いです。それなのに、このような政治的な動きのせいで、自分の就職の計画が崩れてしまうのは腹だたしいという強い反発が見えます。

非正規職だから正規職に転換というのは逆に差別だ、と就職を準備する人々は話します。正規職は正規職を得るために努力をしているからそれだけの待遇を受けられるのに、努力をしてきた人たちをむしろないがしろにしているのではないのか?という主張です。

もう一つの反発場所は、現在の正規職員で構成される労働組合です。現在の正規職員の数は1500人。今回非正規職員で構成される検査保安要員1900名。数で負けてしまうため、本社への要求の際に思い通りにいかないのではないかという理由で反発が起こっています。

ではなぜ、今いる正規職員と検査保安職員が対立構造になってしまうのかというと、検査保安職は基本的につらい仕事に分類されます。立ちっぱなしで、広い空港内を走り回る仕事です。よって、非正規職で様々な年齢の人々が志願できるようになっているのです。しかし、現在の正規職員側は事務仕事が多いわけです。労働組合で対立することになると、事務仕事を要求してくることが容易に想像されるため、反発しているのです。

そもそも、正規職は事務仕事、非正規職は現場仕事と別れていることが労働者間の葛藤を生んでいる原因であるようにも感じますが、そういった部分を解消するためにも正社員化したいと思っているのかもしれません。

ただこれは本当に政治的な話なのです。

なぜならば、今いる検査保安職全員が正規職へ転換されるわけではなく2017年の5月12日以前に入社している人は簡単な手続きによって正社員化、それ以後に入社した人についてはこれから一般人と同じように再度試験をするというのです。

2017年の5月12日とはいったい何でしょうか?そうムン大統領が大統領になり、空港を視察に訪れた日です。つまりそれ以前に非正規職だった人は正規職にしてあげるけれど、それから入社した人は対象外(これから一般希望者も含めて再度選考を実施)という話です。

検査保安要員は、正社員化しても基本的に年俸は上げないということです。3850万ウォンということです。しかし、既存の社員の年俸は8000万ウォンを超えますので、正社員化されたところで、給与面での違いは残ることになります。

JTBCに青瓦台の労働に関する主席官の方が出演し、「今就職を準備しているような若者の希望職を正規職化するわけではない」とは話しますが、就職を準備する立場からは納得が難しいのかもしれません。そもそも財源の心配があったからこそ、一時は検査保安要員は子会社で雇用という話も出ていたのです。大統領が空港を訪問してから、社員への転換については紆余曲折がありました。公社で直接雇用するのか、子会社でいったん雇用するのかなど、仕事をしている労働者間でも葛藤を生むような政策を発表してきました。もちろん、これはインチョン国際空港公社の採用問題であり、青瓦台が直接コントロールする部分ではないというのが表向きの論理ですが、公社の上の人間は青瓦台や大統領の顔色をみて行動しているわけです。大統領に気に入られたいがために行っている採用方針なわけですから、これは政治的なうごきとしか言えないのです。

今までの正社員側からみれば、現場で働く人たちとは一緒にされたくないのでしょう。保安業務で働く人に公社の社員と名乗られるのが嫌だという話です。

就職を準備する若者にとっても、いくら今後の採用に影響はないと言われても、お金が無くなれば採用が絞られるのは明らかなわけで、黙ってはいられない問題です。

今の政府は、インチョン国際空港公社だけでなくほかの公社を対象に今までは非正規でとっていた職種も正規職員で採用する動きを見せています。これは、間違った動きではないでしょう。たしかに仕事の種類によって、正規だ非正規だとわけるのはあまり説得力がない話なのかもしれません。だからこそ、正義のない部分に正義を実現したいとムンジェインは非正規雇用をなくしたいと話したのでしょう。しかし、財源を圧迫することになれば、やはり、のちのち採用を絞るなどの対応変化をしていく必要があるわけです。正義を実現するのは大変すばらしいけれども、そのために財源が圧迫されたり、そもそもその正義を実現するため、権力を使ったり、権力を得るための道具になってしまうのであれは、良い理念も毒になってしまうのではないでしょうか?

若者がつらい職場を避けるから就職が厳しいという一面も見えてはきますが、それにもまして、生きにくい社会構造の中でより葛藤を生むような政策を進めるのは愚かなことにも思えます。だからこそ、政治は理想だけではできないものだと思うのですが、理想に走り、過度に自由競争に権力が介入していくことはあまりふさわしくないのではないか、とも思える一連の騒動です。





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