2020の韓国をわかるキーワード感受性について

그 놈의 감수성…

何かっていうと感受性に落ちるという悪口がきかれる韓国です。何かの問題に対して、同情をしないことは感受性がないこととして非難を受けるのが今の韓国のトレンドだと思います。

感受性:日本語で言えば同情。人の置かれた不遇な状況や不運な状況に対してかわいそうだと感じること。そこから、どうにかしなければいけない問題だ。→このような問題が起こるのは社会が悪いからだ。→社会が悪ければ法律をかえなければいけない。→難しい話は置いといて法律さえ変えれば正義は実現される!→大統領府に請願だ!

何かあるとすぐ大統領への請願の話が出てきます。この感受性という考え方、突き詰めていくとどうなるでしょうか。多様性を認めるための物だったのに、同じ考えをもたないことを許容しない考え方につながるため、むしろ息苦しくなります。

同じようにかわいそうと思わないことは人間として劣っている、という考え方につながってしまい、それに振り回される政策はつじつまが合わなくなります。法というのは様々なつじつまを合わせるものなのに、特別法で例外を作っていくと、均衡を崩すことになるわけです。

悲しい事件があることは悲しいですが、それと、悲しいから政策を変え、そこにある競争や秩序を無理くり変えるというのは別次元の話です。無理くり手を入れれば新たな不都合を生むことにつながります。不平等というものはどこの世界にも平等に存在するというアイロニーから目をそらし、すべてを平らにすることは無理だということを受け入れたうえでないと政策は進まないと思います。結局無理に作った平等は、また異なった不平等を作り上げるのです。

ただ、感受性の前には、このような説明すら力を持ちません。思考は感受性の即応性がなく、盛り上がりに欠けるから、人々の心を動かせず、行動変容にはつながらないのです。

韓国の政治がアミューズメント化してきているのは、そうすることで支持を集められるからなのですが、人の持つ短絡性は魔力です。また、感受性があるということは正義が感じられやすく、一見正しいことのように見えやすいのが厄介です。

ただ、韓国の感受性至上主義はしばらく続くと思います。日本もすぐその道に進むような気もしますね。





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