反日に疑問を呈する韓国の若者たちが増加中。

韓国で反日扇動にうんざりする若い世代が出現中

本当のことというのが日本側の主張のことだとは言わないけれど、韓国という国が小学校時代のほとんどをささげてやっていることが誇張されたり、解釈が違う可能性があるということ自体が国民には衝撃であるだろう。若い世代はただでさえ社会を信じられないのに、自分を形作った根底に流れているものさえ違うのではないかと疑い始めることは悲しいことであるだろう。何一つ信じられない社会なのか?と。




 

当初は英雄・金九を擁護するため反論する人たちもいたが、明らかな資料と証拠の前にその試みは頓挫し、若者たちは衝撃を受けた。自分たちが見てきた偉人伝やマスコミが伝える情報が嘘だったことに気づいたからだ。そして、その衝撃は「なぜ嘘をつくのか?」という疑問に変わり、懐疑と怒りに変化していく。反日扇動にうんざりする若い世代が出現したのだ。

今の韓国社会はこれまでの「(真実はどうであれ)正しさ(とされていること)」を疑うことすら許されない社会だと思う。そういうほうが都合がいい世代が力が強いから。日本を敵国としてすえるというのもあるけれど強い指導者、カリスマある指導者が導けば社会はよくなるんだ、と盲目的に感じている文化だと思う。だからこそ、歴史上の人物は英雄であれば国民性に訴えることができる。そして、それは効率よく国に都合のいい愛国心を育てることができると考えて教育を行っているように感じる。

それはこれまでのところ匿名の空間であるネット上に止まっている。理由は単純だ。実生活の中でそのような議論をしたら韓国社会で最も致命的な「親日派」というレッテルを貼られるか、名誉毀損で訴えられ酷い目にあうからだ。

日本の経済界だって、おかしいことをおかしいと言えばいじめられるので韓国だけがひどい社会だというつもりはないが、日本以上に、おかしいことをおかしいということを言うことが難しい雰囲気はあるだろうなと思う。特に「親日派」は絶対受け入れられない。親日派は絶対に悪である。グラデーションが許されないのだ。ソンヘギョの三菱自動車CM拒否の記事でも書いたが、もし、親日的なことを少しでもいうと、韓国では経済活動ができなくなる。そういう社会なのだ。

そうでなくても、彼らのように価値観が変わっていく若者が増えることを恐れているのか、制裁がかけられることもある。異論を訴えるサイトが検索エンジンに表示されなかったり、異論を訴えるブログの記事がブラインドされたりしているのだ。

私はネイバーは使い分けなければならない検索サイトだと思っている。速報性は高い検索サイトで便利である。ただ、韓国人にはネイバー利用度が高いので、そこで遮断してしまえばほぼ目につくことはない。韓国はネットが発達しているけど、こういう時にはかなり不便なものになってしまう。

日本側の立場の人間が、なんで韓国は反日なんだ?意味が分からない、と拒否してしまうのは簡単だ。韓国にとっても今までの英雄や歴史上の人物の裏に実は作り上げられた物語が隠されていると知ることは毒出しなので苦しみも伴う。知らないほうが幸せという面もあるだろう。毒を作って育てたのは韓国自身であることがまた憎らしいだろうが。このブログの中では、ネットの中から韓国人自身が書く、韓国人が教えられたのとは違う歴史があるというコメントをたびたび紹介してきているが、こういった流れは進んでいくと思う。すすんでいくべきだ、などとは言わない。韓国社会の舵を手渡さない既得権益の人々に対して韓国社会の構成員である若い世代の国民は本当のことを知りたいと思っていて、そういう現実が現れてきたというだけだ。声を出すのは難しくても、教えてもらったのとは違う歴史もあるのではないのか、と考えられるというだけでも変化がるのではないかと思う。大きくは変化しなくても。
ただ、反動でいままでの習った英雄たちを悪の権化のように読み変えなければいいのにとは思っている。彼らを担ぎ出した国がよくなかっただけなのだから。



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